契りの花嫁 ~冷たい夫が、私に恋をした日~
彼の声には、かすかな苛立ちと哀しみが混じっていた。

「――俺は、あれが嫌だった。」

聞けば、彼の両親は結婚後しばらくで別宅に移り住み、今もほとんど顔を合わせることはないのだという。

だから、彼は“夫婦”というものに夢も幻想も持っていないのかもしれない。

「梢は、好きにするといい。干渉はしないし、求めない。そうすれば、きっと上手くいく。」

私は、手にしていた羽織の重みを感じながら、うつむいた。

――そういう夫婦関係が、彼にとっての“理想”なんだ。

だけど私は。

ただの同居人になるために嫁いだんじゃない。

そう言いたかったけれど――

言葉は喉の奥で絡まって、結局、出てこなかった。

「……わかりました。」

私はただ、小さく頷いた。

すると圭一郎さんは軽くうなずき、何事もなかったかのように背を向けた。

その背中が、遠く見えた。

距離は、ほんの数歩。

でも、心はきっと、それよりずっと遠かった。
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