契りの花嫁 ~冷たい夫が、私に恋をした日~
「……あの男、やるな」

隣でそれを見ていた父が、ぽつりと呟いた。

目を細めて着物の織りを確かめるその目は、商人としての目だった。

その声には、確かな評価がにじんでいた。

――父は、圭一郎さんを“見定めた”のだ。

そして私は、また少しだけ、胸が苦しくなった。

これは“嫁ぐ”というより、“渡される”んだと、改めて思い知る。

けれど、もう迷う気持ちはなかった。

この家には、もう戻らない。

そう決めて、私は静かに袖を通した。

鏡に映った自分は、まるで別人のように見えた。

儚げな少女ではなく――覚悟を背負った、一人の女。

馬車に揺られながら、私はじっと前を見ていた。
ため息も、涙も、もう必要なかった。

そして辿り着いた南條家。

玄関先で待っていたのは、圭一郎さんだった。

彼もまた、上質な黒の紋付き羽織に身を包んでいた。

その佇まいは凛としていて、凍てつくような冷たさの中に、不思議な威厳があった。
< 9 / 33 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop