傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む

第126話 ラスカ王国

 クライナイン王国の「バニア皇国討伐」の報は、周辺国家へと瞬く間に広まった。
 中でも、その情報を誰よりも早く手に入れた人物がいる。東に国境を接する、ラスカ王国のヨルタン・バルバ国王だ。今年で五十二歳を迎える野心にあふれた君主だ。
 ラスカ王国は、前身であるカッツー王国の時代から隣国の王都に密偵を放ってきた。新国家クライナインが誕生してからもその目は健在であり、王都の張り紙の報告は、すぐさま国王の元へ届けられた。

「……常備軍十一万のうち、過半数の六万をバニア皇国へ向けるのか」

 ヨルタン国王は、王宮の執務室で報告書を握りしめ、目を細めた。彼にとって、これは千載一遇の好機だ。
 六万の大軍を北西のバニア皇国へ差し向ければ、当然、南西部の国境、すなわちリアル・グラック辺境伯が治める領地は手薄になる。

(歴代国王が渇望したキゾルド鉱山を奪い、豊かな鉄の産地を手に入れる。その後、手薄になったクライナイン王国の心臓部へと一気に雪崩れ込む……完璧だ)

 国王の脳内には、すでに勝利の青写真が描かれていた。

◇◆◇◆

 翌日、ラスカ王宮の会議室にて、ヨルタン国王は重臣たちを招集した。
 長大なテーブルを囲むのは、国の頭脳たるジルド・スピリト宰相と、軍を束ねるファビアン将軍をはじめとする上層部だ。

「皆も知っての通り、クライナイン王国はバニア皇国へ六万の大軍を派兵し、もぬけの殻も同然だ。余はこの機を逃さず、出兵しキゾルド鉱山を手に入れたいと考えている」

 ヨルタン国王の宣言に、会議室がざわめく。だが、ジルド宰相が淡々とした声で口を開いた。長年国を支えてきた現実主義者だ。

「陛下、どうかご再考を。ミレーヌは並の君主ではございません。一国を瞬く間に乗っ取った知略は底が知れません。あえて手薄に見せかけ、我が国を引きずり込もうとしている罠の可能性が高いかと」
「罠? 宰相閣下は少し慎重すぎるのではありませんか?」

 鼻で笑って反論したのは、ファビアン将軍だ。猪突猛進なだけの武将とは異なり、知略を好む男だ。彼は落ち着いた所作で立ち上がり、口を開く。

「商人たちの噂では辺境伯領内に不満が渦巻いているとのこと。罠どころか、内側から崩れかけている状態ですぞ」
「噂ごときで出兵を決するのは愚かだ。辺境伯の従弟はクライナイン王国の将軍であり、中央との絆は強い。将軍、あのミレーヌが隙を見せるという確たる証拠はあるのか?」

 宰相の冷ややかな指摘に、ファビアン将軍はムッとして声を荒げた。

「国内の半分以上の大軍が他国へ侵攻する事実が何よりの証拠でしょう! それに、私には策があります」

 将軍は自信満々に国王へ向き直る。

「昨今、リアル辺境伯は国境付近のアラスエ川周辺に臣下を派遣し、新たな入植を進めています。まずは我が軍を素早く展開させ、この入植者たちを人質に取ります。そして辺境伯と交渉し、応じなければ力でねじ伏せる。必ずや陛下の御意向に沿った形にしてみせます」
「おお、それは良い案だ。さすがはファビアン将軍」

 ヨルタン国王が満足げに頷くと、ジルド宰相は深くため息をついた。

「お待ちください。昨年のことをお忘れですか? ヴィスタ帝国の隠し子を旗頭に攻め込んだ一件……あれも、ミレーヌの巧妙な策に踊らされた結果だったのかもしれませんぞ」
「あれは、宰相閣下が直々に進言して決定した派兵ではありませんか!」

 昨年のヴィスタ帝国への侵攻は、結果的に手痛い敗北に終わっている。ファビアン将軍が鬼の首を取ったように叫んだ。

「失敗の責を、あの銀髪の小娘に転嫁するとは、宰相閣下らしくもない」
「その失敗は、当方の用兵面の不備、すなわち軍の責任だ。私が言いたいのは、あの時期に都合よく『隠し子』の情報がもたらされたこと自体が、ミレーヌの策だったのではないかという懸念だ」
「では、宰相閣下の知恵は小娘に劣ることを認めるのですな」
「もうよい。ここで諍いをする必要はない」

 ヨルタン国王が手を上げて、二人の言い争いを制止した。

「派兵について、もう一度確認したい。宰相の意見は?」
「我々を釣る罠だと確信しております。あえて隙を見せ、我が軍を疲弊させる策かと。ここは静観が正着です」
「将軍は?」
「宰相閣下の慎重論は聞くべきところが多いですが、小娘の知恵など、カッツー王国を飲み干した時点ですでに枯れ果てているでしょう。今回の状況は千載一遇の好機。ただちに侵攻すべきです」

 ヨルタン国王は腕を組んで深く考え込んだ。
 豊かな鉄山。手薄な国境。内部分裂の噂。そして、バニア皇国へ向かった六万の敵軍。
 すべての条件が彼に「今攻めろ」と囁きかけていた。

「……決めた。出兵する」

 国王が力強く宣言すると、ファビアン将軍の顔に喜色が浮かび、ジルド宰相は微かに顔をしかめた。

「我がラスカ王国の総力を挙げて、クライナイン王国を討つ。十五万の兵を動員せよ!」

 それは、ラスカ王国が動員できる最大兵力の実に七割にあたる、未曾有の大規模出兵の決定だった。
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