傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む

第128話 包囲殲滅作戦

 風が、土埃と鉄の匂いを運んでくる。
 ラスカ王国とクライナイン王国の国境を隔てる大河、アラスエ川。その広大な水面には、数十隻の小舟を精緻に連結した巨大な舟橋(ポンツーン・ブリッジ)が架けられていた。
 激しい水流が舟底を打つ音と、大地を揺るがす無数の軍靴の轟音が入り混じり、戦の始まりを告げていた。
 総兵力十五万。
 ラスカ王国が動員した未曾有の大軍が、リアル・グラック辺境伯の治める領地へと国境を越えてなだれ込んでいた。

 先陣は、アラスエ川周辺の平野部に作られたばかりの入植地を瞬く間に制圧した。抵抗は皆無だ。粗末な木造の小屋からは黒煙が立ち上り、青空を汚していく。焦げた木の匂いと微かな悲鳴が、ファビアン将軍の心を悦悦で満たした。
 彼は栗毛の愛馬に跨り、小高い丘から眼下を睥睨していた。
 キゾルド鉱山の手前に広がるペトロイオ草原。そこに、ラスカ王国の誇る大軍が陣を構えつつある。先陣、右軍、中軍、左軍、後軍の五隊。各三万という兵力は、辺境伯軍全軍八千の実に二倍以上だ。

「見事なものだ。これほどの軍容、歴史上にも類を見まい」

 四十前で将軍の座に就いたファビアンは、自信に満ちた笑みを浮かべた。この圧倒的な数の暴力の前には、いかなる小細工も意味を成さない。
 そこに、入植地制圧を任された部隊指揮官が馬を駆け寄らせ、将軍の前に恭しく跪いた。その甲冑には、襲撃の際に浴びたであろう泥と煤がわずかに付着している。

「アラスエ川沿いの入植地をすべて制圧しました。抵抗する者はなく、逃げ遅れた住民百二十名余りを捕縛しております」
「ご苦労だった」

 ファビアン将軍は短く労い、満足げに深く頷いた。

「奴らはいつも山間の城に引き籠もる。防衛線を広げる余裕などないと思っていたが、読み通りだったか」

 彼は見下すような視線で指示を出した。

「捕らえた住民は、殺さず丁重に扱え。あの頑固な辺境伯を平原へ引きずり出すための『餌』だ」

 そして傍らの部下に命じて、簡潔な手紙をしたためさせた。

『当方には話し合う準備がある。すぐに我が軍の陣営へ来られたし。逃げ遅れた領民は保護している』

 外交辞令を装った脅迫状は、辺境伯の城へ向けて早馬で送り出された。

「将軍閣下。リアル辺境伯は出てくるでしょうか? こちらは十五万。まともにぶつかれば一溜まりもないことは奴らも承知のはず。籠城を決め込む可能性も……」

 副官の懸念を、ファビアンは鼻で笑い飛ばす。

「ラパロ族の本質を理解していないな。奴らは『族の結束』を何よりも重んじる。同胞を見捨てればリアルは族長としての信頼を失い、戦う前に内部崩壊する。己の不利を承知で、必ず出てくる」

 将軍の視線は、平原の向こうの険しい山々に向けられた。

「問題は、どのような形で現れるかだ。だが、奴は決して一人では来ない。必ず全軍を連れて現れる」
「とおっしゃいますと?」
「奴らの狙いは、我が軍を山間に誘い込み、ゲリラ戦で疲弊させることだ。かつて我が国が陥った罠にな。ミレーヌと辺境伯が反目しているという噂も、我々を誘い込むための嘘だろう」
「そこまでご承知で、なぜ出兵を?」

 将軍は低く笑った。

「相手の策がわかるなら、逆用すればいい。罠に嵌めるのはこちらだ」

 銀髪の小娘は、ラスカ王国の本気度と、ラパロ族の感情的な行動を全く計算に入れていない。十五万という軍勢を前にしては、盤上の謀略も無力化される。ファビアンは、自陣が広がるペトロイオ草原を腕で示した。

「この広大で開けた場所まで敵を誘い出せば、圧倒的な数が活きる。少数の敵を包囲殲滅することなど容易い」

 山に籠る敵を、人質という餌で平原へ引きずり出す。それが、ファビアンの描いた完璧な勝利の方程式だった。
 風が吹き抜け、十五万の兵士たちが立てる金属音とざわめきが草原を震わせる。

「山に隠れたネズミどもを、十五万の軍靴でこの平原ごと踏み潰してやる」

 将軍の傲慢な笑い声は、凄惨な殺戮の序曲となって草原に響き渡った。
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