傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む

第129話 馬上の男

 リアル・グラック辺境伯は、自身が率いるラパロ族の全軍八千の兵とともに、山間の狭い街道を抜けた。
 視界が開け、眼下のペトロイオ草原には十五万のラスカ王国軍が布陣していた。
 だが、リアルの視線は、その大軍ではなく、街道の出口に立ち塞がる一人の男に向けられていた。

「遅かったじゃないか」

 男が、欠伸交じりに声をかける。リアルは馬を進め、不機嫌そうに答えた。

「これでも急いだほうだ。……お前、一人か?」
「ああ、出迎えは俺だけだ。下準備は済ませてある」

 男は気軽に答えた。リアルは問い詰める。

「女王陛下は本当に、この平原で迎撃しろとおっしゃっているのか?」
「細かい指示は受けてない。例の『布石』を含めて現場に任せるってよ」

 男は肩をすくめた。リアルは遠方の十五万の大軍を見据え、低い声で尋ねる。

「本当に勝てるのか? 敵は十五万。我が兵は八千。二十倍近い兵力差だ。しかも開けた平原地帯。あっという間に包囲殲滅されるのがオチだぞ」
「普通に考えたらその通りだ。だが、相手も馬鹿じゃない。今までのように山間に引き籠って誘い込もうとしても乗ってこない。睨み合って引き分けってところだ」

 敵将が力任せに攻め入るタイプではないことは明白だった。

「引き分けでは駄目なのか」
「駄目だ。それは嬢ちゃ……いや、陛下が望んでいない。だから俺の言う通りに動いてくれ」

 男の「嬢ちゃん」という言葉にリアルは微かに目を細めたが、深くは追及しなかった。

「……わかった」

 リアルが頷くと、男は手綱を引いて馬の首を返した。彼が走り去ろうとした瞬間、リアルが呼び止めた。

「ゲオルク! 最後に確認したい。陛下のご意向は、なんだ?」

 ゲオルクと呼ばれた男は馬の足を止め、振り返った。飄々とした顔から笑みが消え、傭兵特有の鋭い眼光を放つ。

「勝利……いや、敵の殲滅だな」
「……殲滅、だと?」

 二十倍の敵を相手に「殲滅」するというのか。狂気じみた言葉に、リアルは息を呑んだ。
 ゲオルクは再び不敵な笑みを浮かべ、敵の大軍を顎でしゃくった。

「そうだ。だから、ここでやる」

 その言葉を残し、ゲオルクは馬の腹を蹴って平原へと疾走していった。
 リアルは小さく息を吐き、覚悟を決める。

「全軍、平原へ展開せよ! 陣形を整えろ!」

 ラパロ族の八千の兵が、死地とも思えるペトロイオ草原へと進み出た。

◆◇◆◇

 一方、ラスカ王国軍の陣営。
 小高い丘に本陣を敷いたファビアン将軍は、平原に布陣を始めた辺境伯軍八千の姿を見下ろしていた。

「のこのこと出てきたな、山ネズミどもめ」

 将軍の読み通りだった。族の結束を重んじる辺境伯は人質を見捨てられず、不利を承知で平原へ引きずり出されてきたのだ。彼は傍らの副官に指示を出した。

「手筈通り、捕らえた入植者たちを陣の最前面に出せ。奴らに見せつけるようにな」

 命令が下り、後ろ手に縛られた百二十名の領民たちが「肉の盾」として最前列に引き出された。​肌が白くひ弱な体つきの彼らは、一様に恐怖で萎縮していた。

「どうせ、奴らは同胞を盾にされては攻撃できず、縮み上がるだけだ。我々が動くのを待つしかあるまい」

 ファビアンは深く頷いた。

「私が合図を出したら、先陣は人質と共に前進。左翼と右翼の各三万は大きく展開し、奴らを側面から包囲しろ。包囲完了後に中軍と先陣が正面から圧殺する。逃げ道などどこにもない」

 将軍は、はるか前方の八千の軍勢を睨みつけた。

「ここが奴らの墓場だ。一兵たりとも生かして帰すな!」

 彼の声が、十五万の大軍が発するざわめきの中に響き渡った。
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