傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む
第131話 馬蹄の急襲
ラスカ王国軍の両翼が辺境伯軍を包囲すべく前進していた。
後方の中軍では、ファビアン将軍が勝利を確信していた。
だが、その戦場を遥か遠くの丘陵地帯から見下ろす男たちがいた。ゲオルク・グラックとレジスだ。
「見事に釣れましたね」
望遠鏡から目を離したレジスが話しかける。
「想定外の事態に直面し、包囲するはずの相手が逃げ出せば、後先考えずに慌てて行動する。人間ってのは、そういう生き物さ。そこで立ち止まって状況分析できる奴なんて、俺くらいなもんだろ」
上官の冗談をスルーしたレジスは問いかけた。
「それにしても、あの『人質』が銃殺されるとは思ってもみなかったでしょうね」
「嬢ちゃんに不要のレッテルを貼られた連中だ。こうなる運命は想像できる。逃げようと思えば逃げられたのに、留まったのが運の尽きだな」
リアルが銃殺したのは、ミレーヌに使い道がないと判断された旧体制の貴族などだ。だが、真実を知らないラスカ王国軍にとって、同胞殺しは狂気の沙汰としか映らなかった。
会話する二人の周囲には、マスケット銃を携えた四千の騎兵が整列している。ミレーヌはクライナイン王国建国後に、すぐに王家専用の牧場を接収し、馬の繁殖と育成に全力を注いだ。さらに金に物を言わせて他国からも優良な軍馬を大量に輸入し、わずか一年の間に、この四千という未曾有の騎馬隊を編成してみせたのだ。そして、今回、その指揮を任されたのが、ゲオルクである。
「さて、行くか」
ゲオルクは愛馬の首筋を軽く叩いた。短めのマスケット銃を空へ掲げ、号令を放つ。
「全軍進め!」
四千の騎兵が丘を駆け下り始めた。土埃の壁が、ラスカ王国軍の背後から急速に迫っていく。
◆◇◆◇
「ロモロ将軍! 左側方から粉塵が舞い上がっております! 敵の伏兵かと!」
ラスカ王国軍の最後尾を固める後軍三万。指揮を執るロモロ将軍の元に、副官が報告に駆け込んできた。
「慌てるな。また伏兵を潜ませていたか。だが、所詮は姑息な手だ」
ロモロ将軍が落ち着いた声で返したところに、別の伝令が転がり込んでくる。
「報告します! 接近してくる敵兵、およそ四千! き、騎兵です!」
「四千の騎兵だと!」
ロモロ将軍は目を見開いた。
「ええい、怯むな! 槍兵を前面に押し出せ! 突撃してくる奴らを馬ごと串刺しにしろ!」
号令とともに長槍を持った兵士たちが陣形を組み、迫り来る土埃に向けて槍の穂先を並べた。騎馬の突撃を粉砕するための強固な防陣だ。
しかし、突撃してくるはずの騎馬隊は、槍兵の陣から百数十メートル手前でピタリと足を止めた。
「な、なんだ?」
ロモロ将軍が訝しんだ次の瞬間、騎兵たちが一斉に短めのマスケット銃を構え、銃口を槍兵の密集陣に向けた。
「斉射」
ゲオルクの静かな号令と同時、四千の銃口から火が噴き上がった。凄まじい轟音が戦場を包み込む。鉛玉の雨は密集した槍兵たちを容赦なく貫き、前列の兵士が次々と倒れ伏した。
「ば、馬鹿な! 騎乗して銃を撃つだと!」
ロモロ将軍が叫ぶ。一斉射撃を終えた騎兵たちは、素早くマスケット銃を背負うと、腰の剣を抜き放ち、再び馬の腹を蹴った。
「そのまま押し潰せ!」
最前列が崩壊し、大混乱に陥った槍兵の陣へ、四千の騎兵が突入する。銃撃のパニックと騎馬の質量による蹂躙。防御の体をなしていない後軍三万は、またたく間に指揮系統を寸断され、崩壊した。
◆◇◆◇
「将軍閣下! 後背から敵襲です!」
前方で辺境伯軍を包囲しつつある状況に満足していたファビアンの元へ、血まみれの伝令が転がり込んできた。
「なんだと? まだ伏兵がいたというのか。数は?」
「す、数千の……騎兵です! 後軍が銃撃を受け、さらに突撃されて大混乱に陥っております! すでに突破されるのも時間の問題かと!」
ファビアンの顔から余裕が消え去る。
(数千の騎兵? それも銃撃だと? 小娘はこれほどの軍をどこに隠していたのだ!)
だが、焦りを強引に飲み込み、素早く戦況を計算する。
「慌てるな! 後軍が突破されても、我が中軍三万が健在だ。全軍、反転して槍兵を前面に展開し、防護陣を構築しろ! 騎乗して弾は込められん。銃を気にせず奇襲の備えをすれば、騎馬の勢いは必ず止められる!」
ファビアンの判断は軍事的な定石として間違っていなかった。
後軍が崩壊しても、中軍が騎兵を押さえ込めばいい。その間に前方の七万五千の兵が辺境伯軍を包囲殲滅する。被害は拡大するが、全体としての「勝利」は揺るがないはずだった。
「防陣を固めろ! 一歩も退く必要はない! 奴らをここで食い止めれば我々の……!」
ファビアンが剣を掲げて檄を飛ばそうとした、まさにその時だ。戦場を支配していた怒号や銃声を一瞬でかき消すほどの、凄まじい爆発音が鳴り響いた。ファビアンは思わず声をあげた。
「な、なんだ、あれは……!」
地を揺るがすような爆発音とともに、空を黒く染め上げる巨大な黒煙が上がったのは、彼らが後にしてきた自国——ラスカ王国の国境の彼方からだった。
後方の中軍では、ファビアン将軍が勝利を確信していた。
だが、その戦場を遥か遠くの丘陵地帯から見下ろす男たちがいた。ゲオルク・グラックとレジスだ。
「見事に釣れましたね」
望遠鏡から目を離したレジスが話しかける。
「想定外の事態に直面し、包囲するはずの相手が逃げ出せば、後先考えずに慌てて行動する。人間ってのは、そういう生き物さ。そこで立ち止まって状況分析できる奴なんて、俺くらいなもんだろ」
上官の冗談をスルーしたレジスは問いかけた。
「それにしても、あの『人質』が銃殺されるとは思ってもみなかったでしょうね」
「嬢ちゃんに不要のレッテルを貼られた連中だ。こうなる運命は想像できる。逃げようと思えば逃げられたのに、留まったのが運の尽きだな」
リアルが銃殺したのは、ミレーヌに使い道がないと判断された旧体制の貴族などだ。だが、真実を知らないラスカ王国軍にとって、同胞殺しは狂気の沙汰としか映らなかった。
会話する二人の周囲には、マスケット銃を携えた四千の騎兵が整列している。ミレーヌはクライナイン王国建国後に、すぐに王家専用の牧場を接収し、馬の繁殖と育成に全力を注いだ。さらに金に物を言わせて他国からも優良な軍馬を大量に輸入し、わずか一年の間に、この四千という未曾有の騎馬隊を編成してみせたのだ。そして、今回、その指揮を任されたのが、ゲオルクである。
「さて、行くか」
ゲオルクは愛馬の首筋を軽く叩いた。短めのマスケット銃を空へ掲げ、号令を放つ。
「全軍進め!」
四千の騎兵が丘を駆け下り始めた。土埃の壁が、ラスカ王国軍の背後から急速に迫っていく。
◆◇◆◇
「ロモロ将軍! 左側方から粉塵が舞い上がっております! 敵の伏兵かと!」
ラスカ王国軍の最後尾を固める後軍三万。指揮を執るロモロ将軍の元に、副官が報告に駆け込んできた。
「慌てるな。また伏兵を潜ませていたか。だが、所詮は姑息な手だ」
ロモロ将軍が落ち着いた声で返したところに、別の伝令が転がり込んでくる。
「報告します! 接近してくる敵兵、およそ四千! き、騎兵です!」
「四千の騎兵だと!」
ロモロ将軍は目を見開いた。
「ええい、怯むな! 槍兵を前面に押し出せ! 突撃してくる奴らを馬ごと串刺しにしろ!」
号令とともに長槍を持った兵士たちが陣形を組み、迫り来る土埃に向けて槍の穂先を並べた。騎馬の突撃を粉砕するための強固な防陣だ。
しかし、突撃してくるはずの騎馬隊は、槍兵の陣から百数十メートル手前でピタリと足を止めた。
「な、なんだ?」
ロモロ将軍が訝しんだ次の瞬間、騎兵たちが一斉に短めのマスケット銃を構え、銃口を槍兵の密集陣に向けた。
「斉射」
ゲオルクの静かな号令と同時、四千の銃口から火が噴き上がった。凄まじい轟音が戦場を包み込む。鉛玉の雨は密集した槍兵たちを容赦なく貫き、前列の兵士が次々と倒れ伏した。
「ば、馬鹿な! 騎乗して銃を撃つだと!」
ロモロ将軍が叫ぶ。一斉射撃を終えた騎兵たちは、素早くマスケット銃を背負うと、腰の剣を抜き放ち、再び馬の腹を蹴った。
「そのまま押し潰せ!」
最前列が崩壊し、大混乱に陥った槍兵の陣へ、四千の騎兵が突入する。銃撃のパニックと騎馬の質量による蹂躙。防御の体をなしていない後軍三万は、またたく間に指揮系統を寸断され、崩壊した。
◆◇◆◇
「将軍閣下! 後背から敵襲です!」
前方で辺境伯軍を包囲しつつある状況に満足していたファビアンの元へ、血まみれの伝令が転がり込んできた。
「なんだと? まだ伏兵がいたというのか。数は?」
「す、数千の……騎兵です! 後軍が銃撃を受け、さらに突撃されて大混乱に陥っております! すでに突破されるのも時間の問題かと!」
ファビアンの顔から余裕が消え去る。
(数千の騎兵? それも銃撃だと? 小娘はこれほどの軍をどこに隠していたのだ!)
だが、焦りを強引に飲み込み、素早く戦況を計算する。
「慌てるな! 後軍が突破されても、我が中軍三万が健在だ。全軍、反転して槍兵を前面に展開し、防護陣を構築しろ! 騎乗して弾は込められん。銃を気にせず奇襲の備えをすれば、騎馬の勢いは必ず止められる!」
ファビアンの判断は軍事的な定石として間違っていなかった。
後軍が崩壊しても、中軍が騎兵を押さえ込めばいい。その間に前方の七万五千の兵が辺境伯軍を包囲殲滅する。被害は拡大するが、全体としての「勝利」は揺るがないはずだった。
「防陣を固めろ! 一歩も退く必要はない! 奴らをここで食い止めれば我々の……!」
ファビアンが剣を掲げて檄を飛ばそうとした、まさにその時だ。戦場を支配していた怒号や銃声を一瞬でかき消すほどの、凄まじい爆発音が鳴り響いた。ファビアンは思わず声をあげた。
「な、なんだ、あれは……!」
地を揺るがすような爆発音とともに、空を黒く染め上げる巨大な黒煙が上がったのは、彼らが後にしてきた自国——ラスカ王国の国境の彼方からだった。