傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む
第132話 じゃじゃ馬
時は少し前に遡る。
リアル・グラック辺境伯とゲオルクが、ペトロイオ草原の入り口で言葉を交わしていた頃。アラスエ川に架けられた巨大な舟橋では、数十名のラスカ王国軍守備兵が退屈そうに警備の任に就いていた。眼前に広がるのは無人の平野と、はるか遠くの味方の大軍のみ。最前線から切り離されたこの場所で、彼らの緊張は完全に緩みきっていた。
「おい、気を抜くなよ」
見張りの隊長が形ばかりの注意を促す。
「そんなこと言われましてもねえ。こんなところで警備して気を抜かないなんて、土台無理な話ですよ。手柄を立てる機会なんて皆無ですし」
一人の兵士が槍に寄りかかりながら減らず口を叩き、はるか彼方の平原へと視線を向けた。その瞬間、彼の背後で、重い物が連続して地面に落ちるようなくぐもった音が響いた。
「ん?」
兵士が振り返る。そこには、見慣れぬ軽装の男たちが十数人、音もなく立ちはだかっていた。隊長や同僚たちは皆、青草の上に力なく横たわっている。
「お、お前ら、何者……!」
兵士が叫び、槍を構えようとした瞬間。彼の視界が揺れ、後頭部に強烈な衝撃が走った。彼が最後に見たのは、風に揺れる紅い髪と、呆れたような琥珀色の瞳だった。
「……油断しすぎだよね、アンタら」
紅い髪の女——リナ・オハナは、最後に倒れた兵士を見下ろし、気だるげに悪態をついた。
「姉御! 全部片付きましたぜ!」
闇から湧いて出たように集まってきた男たちの一人が、へらへらと笑いながら報告する。彼らは皆、どこか裏社会の匂いを漂わせる風体をしている。
「だから『姉御』は止めろって言ってんだろ! リナ様とお呼び!」
「だって、姉御は昔から姉御じゃないですか」
男たちが顔を見合わせて笑い合う。リナは深くため息をつき、頭を掻いた。
「はぁ……まあ、いっか。それで、例の物は?」
「今、馬車から運び入れてる最中ですぜ」
「じゃあ、手の空いてる者は、倒れてるこのマヌケどもを縛って、川の向こう、王国側に転がしといて。殺すなよ」
「わかりました!」
男たちは威勢良く返事をし、手際よく倒れた兵士たちを縛り上げ始めた。その流れるような作業を見つめながら、リナは一人、ぶつぶつと愚痴をこぼす。
「ほんと、タダ働きってのはアタシの性に合わないんだよなぁ。だいたい、興味本位でミレーヌが脱いだ下着を拝借したのを、なんであのゲオルクの野郎が知ってんだよ……。おかげで、こんな面倒な手伝いさせられるハメになるなんて、最悪じゃん」
「え? 姉御、今なんて言いました? 下着がどうとか……」
近くで縄を縛っていた男が、興味津々に聞き返してくる。
「なんでもない! さっさと運びな!」
リナが怒鳴ると、男たちは「へいへい」と肩をすくめ、遅れて到着した馬車から重そうな木樽を次々と運び出し、舟橋の各所へ配置する最終作業に取り掛かった。
彼らは、ゲオルクの部下でも、正規の軍人でもない。情報庁長官マリユス・ピエールの配下である密偵たちだ。
事の始まりはミレーヌがバニア皇国討伐を公表した会議で、ミレーヌからラスカ王国軍の殲滅をゲオルクに命じたことだった。
彼は、少ない手駒で殲滅作戦案を立案したが、どうしてもピースが足りずリナに依頼した。「ラスカ王国は渡河手段として舟橋を設置するはず。それを爆破しろ」と。
もちろん、リナは拒否した。しかし、ゲオルクに「ミレーヌに下着泥棒の件をチクるぞ」と脅され、しぶしぶ手伝いを承諾した。脅迫まがいの要求に怒り心頭のリナは、逆に人員を要求したが、ゲオルクは「こっちも人手不足だ。自分一人でなんとかしろ」と冷たく突き放したのだ。
仕方なく彼女が頼ったのは、古くからの馴染みである情報庁長官のマリユスだった。
『マリユス、頼むよ。ちょっと人貸してくんない?』
『悪いな、リナ。他を当たってくれ。こっちも陛下からいろいろ命令受けて手一杯なんだよ』
飄々としたマリユスにあっさり断られたリナは、胸ぐらをつかみかからんばかりの勢いで凄んだ。
『アンタ、アタシへの恩義を忘れたとは言わせないよ? ラウールに勝てずに商売あがったりのアンタをミレーヌに推薦したのは、このア・タ・シ。それに、配下が足りないって泣きついてきたから、アタシの知り合いの優秀な盗賊や裏稼業の野郎どもをゴソッと紹介してやった恩があるだろ? さらーに! アタシは女王陛下の唯一のダチだ。無下に断ると、後が怖いよ?』
リナの凄まじい勢いに押されたマリユスは、気まずそうに目をそらしながら答えた。
『……わかったよ。貸すよ。貸せばいいんだろ、このじゃじゃ馬』
こうして、リナの臨時配下となった情報庁の者たちは、彼女がかつて紹介した盗賊上がりの者たちが大半を占めており、気心の知れた仲だったのだ。
(ミレーヌの下着って高級品だし、身に着けたものは、なんとなく背徳感あるじゃん。それを拝借しただけなのに、あのゲオルクの野郎……この借りは絶対に高くつかせてやる。どうやって仕返ししてやろうか……)
リナが腕を組み、物騒な思案にふけっていると、作業を終えた男たちが戻ってきた。
「姉御、いや、リナ様。木樽の配置と導火線の準備、完了しましたぜ」
「お、早かったじゃん。じゃあ、導火線に火をつけて、とっとと撤収するよ!」
リナの合図で、松明が導火線へと投げ込まれる。火花が音を立てて橋の中央へと走っていくのを確認し、リナたちは素早く身を翻し、川岸の森へと駆け込んだ。
彼らが安全な距離まで退避した直後。
アラスエ川の静寂を切り裂く凄まじい轟音が連続して鳴り響いた。ホマンが精製した強力な火薬が炸裂し、連なる舟橋は木っ端微塵に吹き飛んだ。飛び散った木材と油に引火し、水面には瞬く間に紅蓮の炎が燃え広がる。退路を完全に断つ、見事な爆破だった。
「よし、完璧だね。じゃ、撤収!」
燃え盛る舟橋を遠くから満足げに確認したリナは、男たちを引き連れ、深い森の奥へと音もなく消えていった。
ペトロイオ草原でラスカ王国軍の背後に上がった黒煙は、この舟橋の炎上を告げる絶望の狼煙だった。十五万の将兵は、まだその事実を知らない。
リアル・グラック辺境伯とゲオルクが、ペトロイオ草原の入り口で言葉を交わしていた頃。アラスエ川に架けられた巨大な舟橋では、数十名のラスカ王国軍守備兵が退屈そうに警備の任に就いていた。眼前に広がるのは無人の平野と、はるか遠くの味方の大軍のみ。最前線から切り離されたこの場所で、彼らの緊張は完全に緩みきっていた。
「おい、気を抜くなよ」
見張りの隊長が形ばかりの注意を促す。
「そんなこと言われましてもねえ。こんなところで警備して気を抜かないなんて、土台無理な話ですよ。手柄を立てる機会なんて皆無ですし」
一人の兵士が槍に寄りかかりながら減らず口を叩き、はるか彼方の平原へと視線を向けた。その瞬間、彼の背後で、重い物が連続して地面に落ちるようなくぐもった音が響いた。
「ん?」
兵士が振り返る。そこには、見慣れぬ軽装の男たちが十数人、音もなく立ちはだかっていた。隊長や同僚たちは皆、青草の上に力なく横たわっている。
「お、お前ら、何者……!」
兵士が叫び、槍を構えようとした瞬間。彼の視界が揺れ、後頭部に強烈な衝撃が走った。彼が最後に見たのは、風に揺れる紅い髪と、呆れたような琥珀色の瞳だった。
「……油断しすぎだよね、アンタら」
紅い髪の女——リナ・オハナは、最後に倒れた兵士を見下ろし、気だるげに悪態をついた。
「姉御! 全部片付きましたぜ!」
闇から湧いて出たように集まってきた男たちの一人が、へらへらと笑いながら報告する。彼らは皆、どこか裏社会の匂いを漂わせる風体をしている。
「だから『姉御』は止めろって言ってんだろ! リナ様とお呼び!」
「だって、姉御は昔から姉御じゃないですか」
男たちが顔を見合わせて笑い合う。リナは深くため息をつき、頭を掻いた。
「はぁ……まあ、いっか。それで、例の物は?」
「今、馬車から運び入れてる最中ですぜ」
「じゃあ、手の空いてる者は、倒れてるこのマヌケどもを縛って、川の向こう、王国側に転がしといて。殺すなよ」
「わかりました!」
男たちは威勢良く返事をし、手際よく倒れた兵士たちを縛り上げ始めた。その流れるような作業を見つめながら、リナは一人、ぶつぶつと愚痴をこぼす。
「ほんと、タダ働きってのはアタシの性に合わないんだよなぁ。だいたい、興味本位でミレーヌが脱いだ下着を拝借したのを、なんであのゲオルクの野郎が知ってんだよ……。おかげで、こんな面倒な手伝いさせられるハメになるなんて、最悪じゃん」
「え? 姉御、今なんて言いました? 下着がどうとか……」
近くで縄を縛っていた男が、興味津々に聞き返してくる。
「なんでもない! さっさと運びな!」
リナが怒鳴ると、男たちは「へいへい」と肩をすくめ、遅れて到着した馬車から重そうな木樽を次々と運び出し、舟橋の各所へ配置する最終作業に取り掛かった。
彼らは、ゲオルクの部下でも、正規の軍人でもない。情報庁長官マリユス・ピエールの配下である密偵たちだ。
事の始まりはミレーヌがバニア皇国討伐を公表した会議で、ミレーヌからラスカ王国軍の殲滅をゲオルクに命じたことだった。
彼は、少ない手駒で殲滅作戦案を立案したが、どうしてもピースが足りずリナに依頼した。「ラスカ王国は渡河手段として舟橋を設置するはず。それを爆破しろ」と。
もちろん、リナは拒否した。しかし、ゲオルクに「ミレーヌに下着泥棒の件をチクるぞ」と脅され、しぶしぶ手伝いを承諾した。脅迫まがいの要求に怒り心頭のリナは、逆に人員を要求したが、ゲオルクは「こっちも人手不足だ。自分一人でなんとかしろ」と冷たく突き放したのだ。
仕方なく彼女が頼ったのは、古くからの馴染みである情報庁長官のマリユスだった。
『マリユス、頼むよ。ちょっと人貸してくんない?』
『悪いな、リナ。他を当たってくれ。こっちも陛下からいろいろ命令受けて手一杯なんだよ』
飄々としたマリユスにあっさり断られたリナは、胸ぐらをつかみかからんばかりの勢いで凄んだ。
『アンタ、アタシへの恩義を忘れたとは言わせないよ? ラウールに勝てずに商売あがったりのアンタをミレーヌに推薦したのは、このア・タ・シ。それに、配下が足りないって泣きついてきたから、アタシの知り合いの優秀な盗賊や裏稼業の野郎どもをゴソッと紹介してやった恩があるだろ? さらーに! アタシは女王陛下の唯一のダチだ。無下に断ると、後が怖いよ?』
リナの凄まじい勢いに押されたマリユスは、気まずそうに目をそらしながら答えた。
『……わかったよ。貸すよ。貸せばいいんだろ、このじゃじゃ馬』
こうして、リナの臨時配下となった情報庁の者たちは、彼女がかつて紹介した盗賊上がりの者たちが大半を占めており、気心の知れた仲だったのだ。
(ミレーヌの下着って高級品だし、身に着けたものは、なんとなく背徳感あるじゃん。それを拝借しただけなのに、あのゲオルクの野郎……この借りは絶対に高くつかせてやる。どうやって仕返ししてやろうか……)
リナが腕を組み、物騒な思案にふけっていると、作業を終えた男たちが戻ってきた。
「姉御、いや、リナ様。木樽の配置と導火線の準備、完了しましたぜ」
「お、早かったじゃん。じゃあ、導火線に火をつけて、とっとと撤収するよ!」
リナの合図で、松明が導火線へと投げ込まれる。火花が音を立てて橋の中央へと走っていくのを確認し、リナたちは素早く身を翻し、川岸の森へと駆け込んだ。
彼らが安全な距離まで退避した直後。
アラスエ川の静寂を切り裂く凄まじい轟音が連続して鳴り響いた。ホマンが精製した強力な火薬が炸裂し、連なる舟橋は木っ端微塵に吹き飛んだ。飛び散った木材と油に引火し、水面には瞬く間に紅蓮の炎が燃え広がる。退路を完全に断つ、見事な爆破だった。
「よし、完璧だね。じゃ、撤収!」
燃え盛る舟橋を遠くから満足げに確認したリナは、男たちを引き連れ、深い森の奥へと音もなく消えていった。
ペトロイオ草原でラスカ王国軍の背後に上がった黒煙は、この舟橋の炎上を告げる絶望の狼煙だった。十五万の将兵は、まだその事実を知らない。