傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む

第133話 殲滅戦

 鳴り響いた爆発音と黒煙をラスカ王国軍の十五万の将兵がぼう然と見入っていた。
 中軍のファビアン将軍は、事態を即座に悟った。

(アラスエ川の舟橋が破壊された)

 退路と補給線を絶たれた最悪の状況だ。指揮官が動揺を見せれば大軍はたちまち烏合の衆と化す。ファビアンは焦燥を飲み込み、剣を掲げた。

「うろたえるな! 目の前の敵を蹴散らせ!」

 虚勢を張った怒号は、迫り来る地鳴りによってかき消された。後軍を突破したゲオルク・グラックの騎兵隊が中軍へと迫り、手前でピタリと停止する。

「おい、ラスカの泥棒猫ども! よく聞け!」

 ゲオルクの野太い声が草原に響き渡る。

「お前たちが渡ってきた橋は、たった今吹き飛んだ! 帰る手段はもうない。空き巣泥棒は泥にまみれて死ね!」

 その宣告は、中軍の士気を完全に粉砕した。

「橋がない?」
「帰れないのか……」

 兵士たちの手から力が抜け、槍の穂先が下がる。
 その隙をゲオルクが見逃すはずがない。

全軍突撃(エクラゼ・レ)!」

 剣を振り下ろすのと同時に、騎馬隊が猛然と加速した。戦う意志を失った中軍は防陣の体をなしておらず、騎馬の質量と速度が兵士たちを容赦なく蹂躙していく。本陣はまたたく間に崩壊した。

「退くな! 戦え!」

 ファビアンが声を裏返して叫ぶも、逃げ惑う兵士の波に押され、無様に落馬した。立ち上がろうとする彼の視界を馬蹄が覆い尽くす。驕りに満ちていた将軍は、断末魔すら残せず踏みにじられ、誰のものか判別できない肉塊と化した。

◆◇◆◇

 一方、前線でラスカ王国軍の圧力に耐えていたリアル・グラック辺境伯は、後方に上がる黒煙を認めた。

「勝ったな」

 リアルは低く呟き、側近に命じる。

「のろしをあげろ!」

 リアルの本陣から、合図の煙が天高く立ち昇る。それを見た、八千のラパロ族の兵士たちが眼前の敵軍に向かって声を張り上げた。

「お前たちの帰るための橋は爆破されたぞ!」
「ここで野垂れ死ぬのか!」

 その言葉は、ラスカ王国軍の先陣と左右の軍を直撃した。背後の黒煙と敵の宣告。それが単なるハッタリではないと直感した兵士たちの足が止まる。
 リアルはこれを見逃さず、容赦ない銃撃を浴びせ続けた。後方が気になり後退しようとする兵士たちに、さらなる絶望が響く。

「後方から敵襲!」

 振り返った兵士たちの目に映ったのは、中軍を突破してきたゲオルクの騎兵隊だった。正面からは銃弾、背後からは騎馬の突撃。
 勝敗は完全に決した。指揮系統を分断され、将軍も失った前線の兵士たちは、ただの逃亡者の群れと成り果てる。彼らは武器や重い盾をかなぐり捨て、我先にと後方の大河アラスエ川を目指して逃走を始めた。
 だが、彼らを待っていたのは、さらなる絶望だった。
 息を切らして川岸に辿り着いた兵士たちの前に広がっていたのは、黒焦げになった舟橋の残骸だ。退路は完全に断たれていた。

「どうやって渡るんだ!」

 背後からは騎兵が迫る。パニックに陥った兵士たちは、後続に押し出されるように、次々と激しい濁流へと飛び込んでいった。だが、身につけている重厚な甲冑が仇となる。重い鎧に体を引きずり込まれ、数千の兵士が敵の刃にかかることなく、泥水を飲み込んで溺れ死んでいった。
 川岸から少し離れた丘の上。ゲオルクは、川に沈んでいく敵兵の群れを見下ろしていた。

「団長、どうしますか? 川岸に集まっている連中に一斉射撃を浴びせますが」

 レジスが問いかけると、ゲオルクは手を上げた。

「いや、撃つな」
「よろしいので?」
「あんな死に損ないのために、高い火薬と鉛玉を消費するのは勿体ない。放っておいても勝手に死ぬ」

 ゲオルクの判断により、銃撃は停止された。アラスエ川は数万の死体を飲み込み、血で赤く染まりながら静かに流れていた。
 こうして、後に「ペトロイオの殲滅戦」と呼ばれる戦いは幕を閉じた。
 ミレーヌが仕掛けた罠に嵌まったラスカ王国軍は、総兵力十五万のうち、実に八万人という壊滅的な死傷者を出した。対するクライナイン王国の死傷者は一千余り。
 ​圧倒的な兵力差を、用意周到な策で完全に覆したこの一戦は、銀髪の女王ミレーヌ・グラッセの底知れぬ恐ろしさを周辺諸国に深く刻み込んだ。
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