傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む

第134話 冷めた紅茶

 王都クーロンヌ・ダルジャンの空に、本格的な夏の訪れを告げる七月の日差しが照りつけている。二十二歳を迎えた女王の生誕月を祝うため、街は外の熱気以上の喧騒と歓喜に包まれていた。
 しかし、王宮の奥深くにある女王執務室は、そんな浮かれた空気とは無縁の静寂を保っている。ユリのポプリの香りが満ち溢れた中、ミレーヌは自らの誕生日の祝賀など意に介さず、優雅な所作で書類に目を通していた。
 ペトロイオ草原での戦果を記した、ゲオルクとリアルからの報告書だ。書類から顔を上げたミレーヌは、傍らに控える宰相レベッカ・リカールに視線を向けた。

「派手にやったわね」
「はい。敵軍十五万のうち死傷者八万人。予想を遥かに超える戦果でございます」

 レベッカが淡々と答えると、ミレーヌは微かに口角を上げた。

「私が滅ぼすまで、ちょこまか動かれるのもうざいしね。これで当面はおとなしくしてくれるといいけれど」

 ミレーヌは紅茶のカップを手に取り、問いかける。

「それで、ヴィスタ帝国軍の動きは?」
「国境付近での目立った動きは確認されていません。帝都でも特に動きは無いと」

 ミレーヌはわずかに眉をひそめた。

「そう……。今回の討伐で、あえて背後を手薄に見せかけ、帝国軍も一緒に罠に掛けるつもりだったのだけれど……」

 ミレーヌは人差し指で机を数回叩き、思案を巡らせる。

(物理的に出兵できなかった? そんなはずはない。戦費なら後でいくらでも調達できる。例の件あるから、常識的な判断せず感情的に動く可能性が高いのに……皇帝は私の意図に気がついた……なぜ? どうやって? いや、誰かが……)

 その時、重厚な扉の外から騒がしい声が響いた。

「お待ちください! 今はご公務中で……!」
「ええい、離しなさい! 王国にとって極めて重要な案件なのですぞ!」

 メイドのリサの制止を振り切り、強引に扉が開け放たれる。
 背後に控えていた近衛将軍フィデールが即座に剣の柄に手を掛けたが、押し入ってきた人物を見て、ミレーヌはため息をついた。

「陛下! お話は伺っておりますぞ!」

 白衣を煤で汚した王宮研究所室長のホマン・ナヴァールが、ずかずかと歩み寄ってくる。背後でリサが申し訳なさそうに頭を下げた。

「ホマン……。勝手に入らないでと何度言ったらわかるの」
「おお、申し訳ございません! ジャック大将が向かったバニア皇国討伐で、例の『新たな兵器』が実戦投入されると伺いました! そうです、あの素晴らしく美しい兵器がどのように活躍するのか……考えるだけで心が躍り、居ても立っても居られません。開発者であるこの私もぜひ現地に赴き、その成果を間近で見学する。これこそが、大切なのです! ああ、ご心配にはおよびません、今から馬車で出向けば間に合います! 是非とも……」

 ホマンは身振りを交えて勝手に熱弁を振るい続ける。ミレーヌは冷ややかな視線を向け、きっぱりと言い放った。

「却下よ」
「私を戦場に……え? な、なぜですか! あの素晴らしい兵器が完璧に作動するか、この目で確かめなければ……!」
「ホマン。危険な戦場にのこのこ出向いて、万が一流れ弾にでも当たって死んだらどうするの。貴方(あなた)の頭脳は、この国にとって欠かせない重要なリソースよ。我が国の多大な損失に繋がる無謀な行為は、絶対に認めないわ」

 ミレーヌの正論に、ホマンは口をパクパクさせた。ミレーヌは彼から視線を外し、指示を出す。

「レベッカ。ホマンが勝手に戦場に忍び込まないように、しばらく見張って」
「承知いたしました。フィデール将軍、頼みましたよ」

フィデールは頷き、ホマンの腕をがっしりと掴む。

「王宮研究所室長殿、こちらへ。おい、お前たち! 五人ほどで室長を厳重に監視……」
「フィデール将軍、『監視』ではなく『警護』よ」

 レベッカが即座に訂正した。

「は! 厳重に『護衛』しろ。一歩でも研究所から外に出すなよ!」
「な、なんと! 離しなさい! これは偉大なる科学の進歩のための……!」

 近衛兵たちに両脇を固められ、ホマンはわめき散らしながら引きずり出されていった。
 扉が閉まり、再び静寂が戻った執務室で、ミレーヌは再び深くため息をついた。そして、冷めたアールグレイを一口嗜み、おもむろにレベッカに言った。

「レベッカ。悪いけどマリユスを呼んでくれない?」

 予期せぬミレーヌの依頼にレベッカは思わず聞き返した。

「何かございましたか?」
「帝国の現状を詳しく調べてもらうわ。何かある。絶対に」
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