傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む
第136話 動員令
バニア皇国の首都カインエの後宮。甘い香水と絹擦れの音が満ちる中、皇王ガリオン三世は長椅子に身を沈め、今宵の伽の相手を物色していた。好色な彼にとって、政務を忘れる至福の時間だ。
「さて、今夜はそなたに……」
ガリオンが金髪の愛妾に手を伸ばしかけた、その瞬間。
「申し上げます! 火急の報せにございます!」
血相を変えた家臣が部屋に飛び込んできた。
「何事だ! 余の寛ぎを邪魔するとは」
「ク、クライナイン王国より、我が国に対する『討伐令』が発せられました!」
「……な、なんだと?」
ガリオンは伸ばしかけた手を宙に浮かせたまま、無様に長椅子から転げ落ちた。
◆◇◆◇
直ちに御前会議が招集された。円卓を囲むのは、相国ラフル・シュヴェリーンや、オメア・ボイトラー将軍ら皇国を支える重臣たちだ。降伏という選択肢はなく、抗戦は絶対の決定事項だった。
「それにしても、討伐令とはどういうことだ? 宣戦布告ではないのか」
動揺が抜けないガリオンが問うと、重臣の一人が苦々しく答える。
「対等な国家間の戦争ではなく、逆賊を討ち滅ぼすという名目のようです。あの女王は、我が国を完全に征服するつもりかと」
「なんと傲慢な……!」
会議室に怒りが渦巻く。しかし、直後にもたらされた敵の陣容によって、空気は一変した。
「クライナイン王国の侵攻兵力は、総勢およそ六万とのこと」
その報告に、極度の緊張感が嘘のように緩んでいく。
「なんだ、たったの六万か」
ガリオンは安堵の息を吐き、玉座に背中を預けた。
「我が国が本気を出せば二十五万は動員できるが、今は農繁期。おまけに先の帝国との戦いの傷も癒えておらん。相手が六万ならば、その二倍、十万程度の兵を差し向ければ十分ではないか?」
皇王の提案に、重臣たちは口々に賛意を示す。
「十万もいれば容易くひねり潰せましょう」
「無用な国力の消耗は避けるべきかと」
だが、その弛緩した空気を、重々しい声が遮った。
「お待ちくだされ」
声の主は相国ラフルだ。普段は物静かな老臣が、厳しい顔つきで重臣たちを見据えていた。
「クライナイン王国は、旧来のものとは異なる最新式の銃を数多く揃えております。兵力数の優位だけで戦況を見誤ってはなりませぬ」
「相国殿は慎重に過ぎるのでは?」
別の重臣が鼻で笑う。
「相手は一国の王とはいえ、所詮はうら若き銀髪の小娘。百戦錬磨の我が皇国軍が後れを取るはずがありません。ミレーヌという女を恐れすぎでは?」
その侮蔑の言葉に、ラフルは睨み返した。
「ミレーヌ・グラッセは、反旗を翻してから僅か二年弱で、あの広大なカッツー王国を完全に統一した。卿にそれができるというのか?」
反論した重臣は気圧され、押し黙る。
「恐れるべき敵を正しく恐れることは恥ではない。過去の栄光に縋り、敵を侮る『慢心』こそが国を滅ぼす最大の病なのです」
ラフルの言葉が会議室に重く響く。ガリオンは好色ではあるが暗君ではない。忠臣ラフルがここまで必死に説得する事実に、事態の深刻さを理解した。
「しかし、ラフルよ。今、全軍に動員をかければ、貴族たちの不満は計り知れぬぞ」
「今、総動員しないで、いつ総動員するというのですか!」
ラフルは一歩前に出た。
「敵は六万で我々を滅ぼせると踏んで派兵してきたのです。あの女王は勝算のない戦は仕掛けない。我が方は出し惜しみをせず、全力を以て打ち砕くべきです」
ガリオンは目を閉じて思案した。やがて目を開くと、軍の最高責任者へ視線を向ける。
「オメア将軍、そなたはどう見る?」
「はっ! 相国殿のお言葉にも一理あります。相手を上回る圧倒的な戦力で、正面から叩き潰すことこそが兵法の常道。それに……」
オメア将軍は傲然と言い放った。
「我が皇国には、いかなる攻撃も跳ね返す不敗の重歩兵団がおります。相手の銃が最新式だろうと、あの鋼の大盾を貫くことは不可能です。必ずや完勝を献上いたしましょう」
その言葉に、ガリオンの迷いは消え去った。
「余は決めたぞ」
皇王は立ち上がり、威厳に満ちた声で宣言する。
「全貴族に対し、直ちに最大規模の動員令を発する! オメア将軍よ、そなたに全軍の指揮権を預ける。ミレーヌの軍勢を一人残らず叩き潰せ!」
「御意!」
数日のうちに動員令が発せられ、バニア皇国全土から兵士が集結していく。その数、二十三万。
ジャックが相対する敵の陣容が確定した。あとは双方が激突するだけだ。
「さて、今夜はそなたに……」
ガリオンが金髪の愛妾に手を伸ばしかけた、その瞬間。
「申し上げます! 火急の報せにございます!」
血相を変えた家臣が部屋に飛び込んできた。
「何事だ! 余の寛ぎを邪魔するとは」
「ク、クライナイン王国より、我が国に対する『討伐令』が発せられました!」
「……な、なんだと?」
ガリオンは伸ばしかけた手を宙に浮かせたまま、無様に長椅子から転げ落ちた。
◆◇◆◇
直ちに御前会議が招集された。円卓を囲むのは、相国ラフル・シュヴェリーンや、オメア・ボイトラー将軍ら皇国を支える重臣たちだ。降伏という選択肢はなく、抗戦は絶対の決定事項だった。
「それにしても、討伐令とはどういうことだ? 宣戦布告ではないのか」
動揺が抜けないガリオンが問うと、重臣の一人が苦々しく答える。
「対等な国家間の戦争ではなく、逆賊を討ち滅ぼすという名目のようです。あの女王は、我が国を完全に征服するつもりかと」
「なんと傲慢な……!」
会議室に怒りが渦巻く。しかし、直後にもたらされた敵の陣容によって、空気は一変した。
「クライナイン王国の侵攻兵力は、総勢およそ六万とのこと」
その報告に、極度の緊張感が嘘のように緩んでいく。
「なんだ、たったの六万か」
ガリオンは安堵の息を吐き、玉座に背中を預けた。
「我が国が本気を出せば二十五万は動員できるが、今は農繁期。おまけに先の帝国との戦いの傷も癒えておらん。相手が六万ならば、その二倍、十万程度の兵を差し向ければ十分ではないか?」
皇王の提案に、重臣たちは口々に賛意を示す。
「十万もいれば容易くひねり潰せましょう」
「無用な国力の消耗は避けるべきかと」
だが、その弛緩した空気を、重々しい声が遮った。
「お待ちくだされ」
声の主は相国ラフルだ。普段は物静かな老臣が、厳しい顔つきで重臣たちを見据えていた。
「クライナイン王国は、旧来のものとは異なる最新式の銃を数多く揃えております。兵力数の優位だけで戦況を見誤ってはなりませぬ」
「相国殿は慎重に過ぎるのでは?」
別の重臣が鼻で笑う。
「相手は一国の王とはいえ、所詮はうら若き銀髪の小娘。百戦錬磨の我が皇国軍が後れを取るはずがありません。ミレーヌという女を恐れすぎでは?」
その侮蔑の言葉に、ラフルは睨み返した。
「ミレーヌ・グラッセは、反旗を翻してから僅か二年弱で、あの広大なカッツー王国を完全に統一した。卿にそれができるというのか?」
反論した重臣は気圧され、押し黙る。
「恐れるべき敵を正しく恐れることは恥ではない。過去の栄光に縋り、敵を侮る『慢心』こそが国を滅ぼす最大の病なのです」
ラフルの言葉が会議室に重く響く。ガリオンは好色ではあるが暗君ではない。忠臣ラフルがここまで必死に説得する事実に、事態の深刻さを理解した。
「しかし、ラフルよ。今、全軍に動員をかければ、貴族たちの不満は計り知れぬぞ」
「今、総動員しないで、いつ総動員するというのですか!」
ラフルは一歩前に出た。
「敵は六万で我々を滅ぼせると踏んで派兵してきたのです。あの女王は勝算のない戦は仕掛けない。我が方は出し惜しみをせず、全力を以て打ち砕くべきです」
ガリオンは目を閉じて思案した。やがて目を開くと、軍の最高責任者へ視線を向ける。
「オメア将軍、そなたはどう見る?」
「はっ! 相国殿のお言葉にも一理あります。相手を上回る圧倒的な戦力で、正面から叩き潰すことこそが兵法の常道。それに……」
オメア将軍は傲然と言い放った。
「我が皇国には、いかなる攻撃も跳ね返す不敗の重歩兵団がおります。相手の銃が最新式だろうと、あの鋼の大盾を貫くことは不可能です。必ずや完勝を献上いたしましょう」
その言葉に、ガリオンの迷いは消え去った。
「余は決めたぞ」
皇王は立ち上がり、威厳に満ちた声で宣言する。
「全貴族に対し、直ちに最大規模の動員令を発する! オメア将軍よ、そなたに全軍の指揮権を預ける。ミレーヌの軍勢を一人残らず叩き潰せ!」
「御意!」
数日のうちに動員令が発せられ、バニア皇国全土から兵士が集結していく。その数、二十三万。
ジャックが相対する敵の陣容が確定した。あとは双方が激突するだけだ。