傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む
第139話 無慈悲な雨
ザハツ平原の中央には、破壊された巨大な盾と重装甲の残骸が無数に転がっていた。
前進を阻まれたバニア皇国の重歩兵団は完全に機能停止し、彼ら自身の巨大な質量が、後続の進軍ルートを塞ぐ障害物と化している。
後方に陣取るバニア皇国軍総大将、オメア・ボイトラー将軍は、眼下で起きた事態を未だに消化しきれずにいた。彼の指揮下には、いまだ二十万弱の兵士がいる。しかし、軍の要である重歩兵を為す術もなく失ったことで、全軍の士気は目に見えて低下していた。軍事の定石に従えば、一旦後退して態勢を立て直すべき局面だ。
歴戦の将であるオメアに、その常識が分からないはずはない。だが、退却の号令を下すことはできなかった。この圧倒的な数的優位を手放せば、後はない。なにより、ここで敗れれば、祖国バニアはあの冷酷な銀髪の女王に蹂躙され、完全に滅び去るのだ。
「怯むな! 我々の数は敵を圧倒している! 左右の敵陣を力で押し潰せ!」
オメアは前進を命じた。だが、彼の号令と前線の現実は大きく乖離していた。バニア皇国軍の本質は、各地方の領主が私兵を持ち寄った貴族連合軍である。彼らにとって兵士とは、自らの権力基盤そのものだ。統制された銃火の前に味方が無残に倒れる光景を目の当たりにした貴族たちは、「これ以上の損失は自領の経営に関わる」と及び腰になっていた。後続の圧力に押し出されるように歩を進めているだけで、軍としての推進力はすでに失われている。
◆◇◆◇
一方、クライナイン軍の本陣。
ジャック・レルネ大将は、足を止めつつある敵の大群を静かに観察していた。
「攻勢の限界点か……」
ジャックの口から、ふと言葉が漏れた。それは以前、主君であるミレーヌが、茶を飲みながら世間話でもするかのように語った戦術論の一つであった。
『どんな大軍でも、攻撃側は常に戦闘力を維持することはできないわ。疲労、士気の低下、兵の損失、そして補給の遅れ。さまざまな要素が複雑に絡み合い、必ずこれ以上は進めないという限界点が訪れる。それを見極めれば、どんな敵でも必ず勝てるはずよ』
初めてその言葉を聞いた時、ジャックは内心で首を傾げた。なぜ、戦場に出たこともない十代の少女が、そのような高度な軍事理論を語れるのかと。だが、実際に数万の軍を指揮する立場になり、その言葉がどれほど的を射ているかを痛感している。
敵の足は止まり、陣形は間延びし、怒号よりも悲鳴が多く聞こえ始めている。数の利という幻想はすでに剥がれ落ち、バニア皇国軍は自らの重みで崩壊する寸前であった。
ジャックは顎鬚から手を離し、傍らに控えている副官のヒューゴ少佐に短く命じた。
「『赤い玉』を上げよ」
「はっ!」
合図用の銃が空へ向けられ、甲高い音と共に鮮やかな赤色の煙が広がった。
◆◇◆◇
その赤い光を見た瞬間、左翼を任されたジルダ少将と、右翼を預かるテジ・ダヴィド少将は、待ってましたとばかりに口角を吊り上げた。
「さあ、お披露目だ!」
ジルダの快活な号令が飛ぶ。銃撃隊の後方に隠されていた防水布が剥がされると、馬で牽引できるよう車輪を備えた鈍い光を放つ青銅の筒が姿を現した。ミレーヌの指示により、ホマンとレーモンが心血を注いで実用化した新兵器、青銅製の加農砲である。左翼、右翼、そして中軍にそれぞれ二門ずつ、合計六門が、バニア皇国軍の密集地帯へとその冷たい砲口を向けた。
「装填よし! 目標、敵密集陣」
装填されたのは単なる鉄球ではない。ミレーヌの提示した理論を具現化した面制圧用兵器——薄い金属容器内に無数の小鉄球を敷き詰めた「キャニスター弾」だ。
「放て!」
空気を引き裂くような、腹の底に響く凄まじい轟音が六つ、戦場に連なった。
砲口から撃ち出されたキャニスター弾は、バニア皇国軍の頭上で正確に破裂した。次の瞬間、容器から解き放たれた無数の鉄球が、運動エネルギーを保ったまま放射状に拡散し、敵陣へと降り注いだ。
装甲の厚さなど意味を成さなかった。鉄球は鎧の関節部や隙間を物理的に破壊し、密集していた兵士たちをまとめて薙ぎ払った。数百の兵が一度に地面へ叩きつけられ、前線に巨大な空白が生まれる。
未知の破壊力を持つ新兵器。盾も鎧も通用しない理不尽な虐殺。その光景を目の当たりにした瞬間、バニア皇国の貴族たちの心の中で、かろうじて保たれていた損益計算の糸が完全に切断された。
「こ、こんなもの勝てるわけがない! 退け! 領地へ帰るぞ!」
先陣の貴族が我先に馬の首を返し、逃走を始めた。出資者である指揮官が戦場を放棄したことで、兵士たちの戦意も完全に消滅した。
恐怖は連鎖し、二十万を誇った大軍は統制を失った群衆へと転落した。武器や兜を捨て、味方を突き飛ばしながら、堰を切った濁流のように後方へと逃げ惑う。バニア皇国軍は、ここに完全な崩壊を迎えた。
◆◇◆◇
その光景を望遠鏡で見届けていたジャックは、当初の目標を達成したと実感した。局地的な徹底した蹂躙で敵の心をへし折り、圧倒的な恐怖を植え付ける。そして、戦意を喪失して背を向けた者にはあえて手を出さず生かして逃がす。彼らはやがて、クライナイン王国の新たな労働力や戦力となるはずと確信していた。
彼は、静かに右手を挙げた。
「追撃は控えよ。弾薬の消費を抑え、陣形を整え直すのだ」
こうして、ザハツ平原の戦いは、クライナイン王国の圧倒的な勝利で幕を閉じた。
バニア皇国軍の死傷者は四万人にのぼり、十数万は戦意を喪失して四散した。総大将のオメア将軍は、かろうじて統制を保てた敗残兵七万をかき集め、ザハツ平原から逃れるように撤退する。
彼らが逃げ込んだのは、首都へ至る街道沿いの古びた城、グリルナップ城であった。
前進を阻まれたバニア皇国の重歩兵団は完全に機能停止し、彼ら自身の巨大な質量が、後続の進軍ルートを塞ぐ障害物と化している。
後方に陣取るバニア皇国軍総大将、オメア・ボイトラー将軍は、眼下で起きた事態を未だに消化しきれずにいた。彼の指揮下には、いまだ二十万弱の兵士がいる。しかし、軍の要である重歩兵を為す術もなく失ったことで、全軍の士気は目に見えて低下していた。軍事の定石に従えば、一旦後退して態勢を立て直すべき局面だ。
歴戦の将であるオメアに、その常識が分からないはずはない。だが、退却の号令を下すことはできなかった。この圧倒的な数的優位を手放せば、後はない。なにより、ここで敗れれば、祖国バニアはあの冷酷な銀髪の女王に蹂躙され、完全に滅び去るのだ。
「怯むな! 我々の数は敵を圧倒している! 左右の敵陣を力で押し潰せ!」
オメアは前進を命じた。だが、彼の号令と前線の現実は大きく乖離していた。バニア皇国軍の本質は、各地方の領主が私兵を持ち寄った貴族連合軍である。彼らにとって兵士とは、自らの権力基盤そのものだ。統制された銃火の前に味方が無残に倒れる光景を目の当たりにした貴族たちは、「これ以上の損失は自領の経営に関わる」と及び腰になっていた。後続の圧力に押し出されるように歩を進めているだけで、軍としての推進力はすでに失われている。
◆◇◆◇
一方、クライナイン軍の本陣。
ジャック・レルネ大将は、足を止めつつある敵の大群を静かに観察していた。
「攻勢の限界点か……」
ジャックの口から、ふと言葉が漏れた。それは以前、主君であるミレーヌが、茶を飲みながら世間話でもするかのように語った戦術論の一つであった。
『どんな大軍でも、攻撃側は常に戦闘力を維持することはできないわ。疲労、士気の低下、兵の損失、そして補給の遅れ。さまざまな要素が複雑に絡み合い、必ずこれ以上は進めないという限界点が訪れる。それを見極めれば、どんな敵でも必ず勝てるはずよ』
初めてその言葉を聞いた時、ジャックは内心で首を傾げた。なぜ、戦場に出たこともない十代の少女が、そのような高度な軍事理論を語れるのかと。だが、実際に数万の軍を指揮する立場になり、その言葉がどれほど的を射ているかを痛感している。
敵の足は止まり、陣形は間延びし、怒号よりも悲鳴が多く聞こえ始めている。数の利という幻想はすでに剥がれ落ち、バニア皇国軍は自らの重みで崩壊する寸前であった。
ジャックは顎鬚から手を離し、傍らに控えている副官のヒューゴ少佐に短く命じた。
「『赤い玉』を上げよ」
「はっ!」
合図用の銃が空へ向けられ、甲高い音と共に鮮やかな赤色の煙が広がった。
◆◇◆◇
その赤い光を見た瞬間、左翼を任されたジルダ少将と、右翼を預かるテジ・ダヴィド少将は、待ってましたとばかりに口角を吊り上げた。
「さあ、お披露目だ!」
ジルダの快活な号令が飛ぶ。銃撃隊の後方に隠されていた防水布が剥がされると、馬で牽引できるよう車輪を備えた鈍い光を放つ青銅の筒が姿を現した。ミレーヌの指示により、ホマンとレーモンが心血を注いで実用化した新兵器、青銅製の加農砲である。左翼、右翼、そして中軍にそれぞれ二門ずつ、合計六門が、バニア皇国軍の密集地帯へとその冷たい砲口を向けた。
「装填よし! 目標、敵密集陣」
装填されたのは単なる鉄球ではない。ミレーヌの提示した理論を具現化した面制圧用兵器——薄い金属容器内に無数の小鉄球を敷き詰めた「キャニスター弾」だ。
「放て!」
空気を引き裂くような、腹の底に響く凄まじい轟音が六つ、戦場に連なった。
砲口から撃ち出されたキャニスター弾は、バニア皇国軍の頭上で正確に破裂した。次の瞬間、容器から解き放たれた無数の鉄球が、運動エネルギーを保ったまま放射状に拡散し、敵陣へと降り注いだ。
装甲の厚さなど意味を成さなかった。鉄球は鎧の関節部や隙間を物理的に破壊し、密集していた兵士たちをまとめて薙ぎ払った。数百の兵が一度に地面へ叩きつけられ、前線に巨大な空白が生まれる。
未知の破壊力を持つ新兵器。盾も鎧も通用しない理不尽な虐殺。その光景を目の当たりにした瞬間、バニア皇国の貴族たちの心の中で、かろうじて保たれていた損益計算の糸が完全に切断された。
「こ、こんなもの勝てるわけがない! 退け! 領地へ帰るぞ!」
先陣の貴族が我先に馬の首を返し、逃走を始めた。出資者である指揮官が戦場を放棄したことで、兵士たちの戦意も完全に消滅した。
恐怖は連鎖し、二十万を誇った大軍は統制を失った群衆へと転落した。武器や兜を捨て、味方を突き飛ばしながら、堰を切った濁流のように後方へと逃げ惑う。バニア皇国軍は、ここに完全な崩壊を迎えた。
◆◇◆◇
その光景を望遠鏡で見届けていたジャックは、当初の目標を達成したと実感した。局地的な徹底した蹂躙で敵の心をへし折り、圧倒的な恐怖を植え付ける。そして、戦意を喪失して背を向けた者にはあえて手を出さず生かして逃がす。彼らはやがて、クライナイン王国の新たな労働力や戦力となるはずと確信していた。
彼は、静かに右手を挙げた。
「追撃は控えよ。弾薬の消費を抑え、陣形を整え直すのだ」
こうして、ザハツ平原の戦いは、クライナイン王国の圧倒的な勝利で幕を閉じた。
バニア皇国軍の死傷者は四万人にのぼり、十数万は戦意を喪失して四散した。総大将のオメア将軍は、かろうじて統制を保てた敗残兵七万をかき集め、ザハツ平原から逃れるように撤退する。
彼らが逃げ込んだのは、首都へ至る街道沿いの古びた城、グリルナップ城であった。