傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む

第140話 金髪の青年

 グリルナップ城を目視できる場所に集結したクライナイン軍の本陣では白熱した議論が交わされていた。

「グリルナップ城に逃げ込んだ七万の敗残兵、これを放置すれば、いずれ我が軍の補給線が脅かされます」

 ダヴィド少将が、広げられた地図を指差しながら懸念を口にする。

「かといって、強引な城攻めを行えば無用な損害が出る。兵糧攻めが定石かと」

 ジルダ少将がすかさず意見を返した。
 ジャックは腕を組み、沈黙を保つ。兵糧攻めは確実な手段だが、時間がかかりすぎる。女王ミレーヌは、常に迅速かつ合理的な制圧を望んでいるはずだ。
 重苦しい空気が漂う中、一人の金髪の青年将校が静かに挙手をした。

「良い案があります」

 アルノー・ルベ中佐であった。端正な顔立ちをした彼は、上官たちの視線を一身に浴びながらも、堂々とした態度でジャックを見据える。

「私に、二千の兵と空の荷馬車を預けていただけないでしょうか」

◆◇◆◇

 薄暗い城の一室で、オメア・ボイトラー将軍は安酒を煽っていた。
 無敵を誇った重歩兵団が壊滅し、さらに、空から降り注ぐ鉄の雨によって一瞬にして兵たちが倒れた光景。それが幾度も脳裏にフラッシュバックし、彼を苛め続けている。一方的に蹂躙されたという事実は、歴戦の将から気力を奪い去っていた。
 城の物資はとうに底をつき、七万の兵を食わせる麦はすでにない。飢えと絶望から、夜逃げする兵や貴族が後を絶たなかった。このまま籠城していても死を待つのみだと分かってはいるが、有効な打開策など何一つ浮かばない。
 そこに、血相を変えた副官が飛び込んできた。

「将軍! クライナイン軍が陣を払い、首都カインエへ向けて進軍を開始しました!」
「なに! 我が軍を無視して、王都を突くというのか」

 オメアの目に、一瞬だけかつての鋭い光が戻る。そこに、過激な主戦派の貴族たちが荒々しい足音とともに雪崩れ込んできた。

「将軍、今こそ好機です! 後背から追撃すれば必ず勝利を得られます!」
「いや、我々を誘い込み、逆撃を喰らわせる可能性が高い」

 オメアが慎重論を述べると、貴族たちは露骨に顔を歪めた。

「将軍はあの鉄の雨に怯え、すっかり臆病になられたのですか!」

 怒声が飛び交う中、別の伝令が駆け込んでくる。

「報告! 街道を北上する荷馬車の列を発見しました。護衛の兵はおよそ二千、クライナイン王国の旗印を掲げております!」

 本軍の後方をのこのこと進む補給部隊。オメアは、これならば勝てると踏んだ。過激な貴族の暴走を抑えつつ、敵の補給路を断って撤退に追い込むのが、今の状況における最善の策である。

「総員に出撃を命じろ。あの補給部隊を叩き潰す!」

 残存する五万を超える兵が、飢えを埋めるかのように城から吐き出されていった。

◆◇◆◇

 夏の街道。土埃を上げて進むバニア皇国軍の前に、クライナイン軍の補給部隊が姿を現した。
 護衛の部隊は、圧倒的な大軍の姿を見るや否や、散発的な銃撃を数度行っただけで、荷馬車をあっさりと見捨てて、恐れをなしたように一目散に逃げ去っていく。

「はっ! 尻尾を巻いて逃げおったわ!」

 貴族たちは高笑いし、空腹の兵士たちは食料を求めて馬車へと群がった。だが、オメアの胸には嫌な動悸が鳴り響いていた。

「報告します! クライナイン本軍が反転し、猛烈な速度でこちらへ向かってきます!」

 オメアは激しく舌打ちをした。やはり、誘い込まれたのだ。

「馬車を引いて直ちに城へ後退しろ! 急げ!」

 しかし、彼の号令が全軍に伝わるより早く、凄まじい轟音が鳴り響いた。

 群がっていた兵士たちの中心で、荷馬車が次々と爆発し、紅蓮の炎を噴き上げた。中に積まれていたのは食料ではなく、大量の火薬と油だったのだ。
 すさまじい爆風が兵士たちを吹き飛ばし、炎が悲鳴を上げる間もなく彼らを飲み込む。皮膚の焼ける不快な匂いが、瞬く間に戦場を覆い尽くした。

「図られたか……」

 オメアは茫然と立ち尽くす。

「敵襲です! クライナイン王国軍の本隊です!」

 爆発の混乱に追い打ちをかけるように、ジャックの本軍が迫ってくる。

「総員、グリルナップ城へ撤退しろ!」

 オメアは血を吐くように叫んだ。
 しかし、すでに軍の統制は完全に崩壊している。勝ち目がないと悟った貴族や将兵は、指揮官を見捨てて四方八方へと散っていった。
 オメアの周囲に残ったのは、彼を慕う数百の兵のみ。


「このままでは陛下に合わす顔がない。最後の一戦を仕掛けるぞ!」

 オメアが剣を天に掲げて意気込んだその時、彼らの側面に回り込んでいた部隊から、苛烈な一斉射撃が浴びせられた。
 先ほど荷馬車を捨てて逃げ散ったはずの、わずか二千の守備隊だ。彼らを率いているのは、見目麗しい金髪の青年将校、アルノー中佐であった。

 「おのれ、卑劣な罠にかけおって……! あいつらを葬り去るぞ!」

 オメアは怒号を上げ、残る数百の兵と共に、アルノーの部隊へ向けて決死の突撃を敢行した。銃弾に次々と部下が倒れる中、オメアは血だるまになりながらもアルノーの眼前まで肉薄する。

「名のある将と見た! 我が名はバニア皇国軍総大将、オメア・ボイトラー! 貴様の首、もらうぞ!」

 血を吐くような名乗りを上げる敵将。しかし、アルノーは冷たいアイスブルーの瞳を細めることもなく、馬上から見下ろしたまま静かに腰の剣を引き抜いた。

「すでに勝敗は決しています。大将自ら泥に塗れての一騎打ちなど……無粋にして、極めて非効率ですよ」
「無粋だと!? ふざけるな、小僧ォ!!」

 オメアは渾身の力で馬上のアルノーへ向けて跳躍し、重厚な大剣を大上段から振り下ろした。
 だが、金属が激しくぶつかり合う音は響かなかった。
 フッ、と。
 アルノーは手首を僅かに返しただけだった。オメアの力任せの斬撃を、流れるような最小限の動きで受け流す。体勢を崩し、無防備な首を晒したオメアの横をすれ違いざまに、アルノーの薄刃が音もなく滑った。

「ぐっ……、あ……?」

 オメアの喉笛が、正確に、そして致命的な深さで薙ぎ払われていた。
 何が起きたのかも理解できぬまま、バニア皇国軍総大将は大量の鮮血を撒き散らし、重い音を立てて大地に沈んだ。

 アルノーは、自らの剣技の余韻を味わうことすらしない。表情一つ変えず、懐から取り出した純白のハンカチで剣の血糊を丁寧に拭き取ると、ピクピクと痙攣するオメアの死体を、ひどく汚いものを見るような目で一瞥した。

「あとは、適当に掃討してください。弾の無駄ですから、剣で十分です」

 主将の死を目の当たりにし、生き残りの兵たちは絶望に染まった。中には血走った目で仇討ちを叫び、アルノーへ殺到してくる者たちもいた。
 しかしアルノーは、彼らに視線すら向けない。ただ前へ歩みを進めながら、近づく者を無造作に、作業のように斬り捨てていく。
 右から迫る槍を躱して一閃。左から振り下ろされる斧を弾いて一刺し。
 感情の欠片もない、まるで路傍の雑草を刈り取るかのような無慈悲な剣技。息の根を止めるたびに返り血を浴びないよう、正確な位置と角度で刃を振るうその姿は、芸術的であると同時に、おぞましいほどの狂気を孕んでいた。
 それを見た味方の兵士たちでさえ、若き指揮官の底知れぬ技量と、命を命とも思わぬ冷酷さに戦慄を覚えながら、残敵の掃討という「作業」を完遂するしかなかった。
 アルノーの足元に広がる、おびただしい屍の山。
 それは、無敵を誇ったバニア皇国軍が完全に息絶えた瞬間であった。
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