紳士な弁護士と偽りデートから
「坪平さんには驚きました」
 やっとやっと落ち着いた店内で、腰を下ろした。茜音がコーヒーを入れてくれた。
「たまにピンチヒッターで、手伝うのですよ」
 周平は穏やかに話す。
「あかりの様子が急におかしくなったから、目配せで助けてもらったのよ」
「例の彼がやって来たから、慌てて隠れたんだけど......目が合っちゃって......」
「オーダーを取った人ですかね?」
 うーん、と考えてから、周平。
「はい......」
「特に気づいた感覚はなかったけど......」
「バッチリ目が合いました。奥様がいたので、声は掛けなかったのだと思います」
「そう。なんて人」
 茜音は同情して首を横に振り、ケーキを出してくれる。
 周平は何かを考えて、名刺を取り出した。
「この名刺、息子のなんだけど、なんか役に立てないかな」
 わたしは名刺を受けとる。肩書きは弁護士と書いてあった。
「弁護士......ですか?」
「まだ新米で、あなた方と同じ年齢だよ」
 あかりと茜音は目を剥いた。
「やり手ですね」
「いや、どうかな。まぁ、もし、思い出したらでいいから。会社は弁護士事務所だから」
「ありがとうございます」
 あかりはお礼を言い、名刺をまじまじと見た。名前は坪平海都。
 どんな人なんだろう。と、まだ気にはなった。あかりはむしろ、周平の気配りに嬉しかった。

 月曜日。あかりはお弁当を持って食堂に行くと、匠が誰かを待っていた。
見てみぬ振りをして、食堂に入って行く。窓際の席に腰かけると、さりげなく匠もやってきて、腰かけた。定食を頼んでいる。
「こないだ帰っちゃったから、どうしたのかと」
 ニコニコ話す匠が、不気味に思えてあかりは青ざめる。 
 薬指をさりげなく見たら、嵌めていなかった。
 え? 女性を騙すつもりなの? サイアクだわ。そんな人とは思いもよらなかった。
 あの夜を思い出したら、虫酸が走るほどだ。
「いつもはあんな高級なところって訳にはいかないけど......」
 自信満々に言う匠が凄い。目が点になった。むしろ滑稽。だけどどうしたら逃げ切れるだろうか......。
 匠のお喋りっぷりを余所に、お弁当を食べながら色々考えているあかり。
「......指輪はどうしたの?」
 耐えきれなくなったあかりが声を出す。
「うん? まぁ、いいじゃない」
 匠はシラを切り、スマホから画像を見せた。
 そうして、隣に腰掛け、耳元で、
「興奮した時の君の写真、ゲット」
 と、囁く。
 あかりはわなわなと震え出した。さりげなく撮られている。悪質だ!
「夕飯のあとなんて、どうかな?」
 匠はニコリとして、あかりの頭を軽くぽんぽん、と、優しく撫でた。
 不気味な優しさ。

 物語のシチュエーションなら、ぽんぽんされると嬉しいが、憎悪している男のぽんぽんは気持ちが悪いほどだ。

 そして、悪質な執着に恐怖を覚えた。誰か助けて!
 あかりは彼がいなくなって、ぼうっとしていたら、名刺を思い出した。
 弁護士である彼のことを。


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