紳士な弁護士と偽りデートから
「な、なんです?」
「ホテルのラウンジで、一杯奢って下さい」
 
 ビミョー! 茜音は冷淡に感じた。コーヒーではなくて、酒が飲みたい気分だ。男ならお持ち帰り! と、言いたいところだが、海都の紳士っぷりな態度に感銘を持つほどだ。
 弁護士だからだろうか?
 だから、あかりが安心出来るのだろう。いい関係だな、なんて思う、茜音だ。
「お安いごようです」
 あかりはニコリとした。

「奢るのですから、あの、その時は落ち合って下さい」
「......え?」
「二人を悲しませる匠が許せなくて」
「だからやめなって」
 茜音が言う。
「知らなくていいこともあるでしょ」
「弁護士のくせに」
 その言葉に、海都は眉間に皺を寄せた。

「弁護士は依頼することしか、しませんよ。世の中は、余計なことも突っ込まないのが正しい。話したところで、誰かが傷つくんです。そんなの目に見えてる」
「随分......、分かったようなことを......」
 海都は悔しそうに唇を噛みしめ、
「脳天気なお嬢さんでしたか。ラウンジでの一杯は、キャンセルします」
 海都は鞄から財布を取り出して、お札を茜音に渡した。茜音は頭を下げてお礼を言う。
 海都は少し、あかりを睨み付けて、【北欧のそよ風】から出て行った。

 海都に睨み付けられたあかりは、しょんぼりした。何も睨み付けなくったって、いいじゃない......。

 過去のことは分からないのに、睨み付けるのはよくなかったな。海都は外へ出ると後悔して、その場を去った。


 数日経っても、海都とは仲直り出来ていない。あかりは溜め息ばかりだ。
「最近、元気ないじゃない」
 ロビーの喫茶休憩室に、突然声を掛けられ、あかりは驚く。
 匠だ!
「俺に抱かれていないから、感傷的とか?」
 耳元で囁いてくる。この勘違い男が! あかりは感情的になりそうになったが、コーヒーを飲んで落ち着かせる。
「.........」
「こないだは悪かったよ。今日なんてどう?」
 わざと困った顔を向ける。
「否定出来ないよな」
 ほぼ脅迫だ。

 だがあかりはテープレコーダーにこっそり録音しておいた。だから、何もしゃべらなかったのだ。
「お詫びにこないだのホテルにするよ」
「指輪を付けていた女性はどうなの? ばっちり見たわよ」
「.........つまらないだけだよ......」
 甲斐甲斐しい奥様を詰まらないなんて思うの、最低だわ!
「わたしはごめんだわ」
 あかりは背を向けると、
「いいのか?! バラまいて」
 と言ってきた。
 あかりはニタリとした。
「やめてよ......」
 けれど、表向きにはそう言った。
「なら7時に、あのホテルの前で」
 匠はあかりの肩にポンポンして、休憩室から出て行った。

 やった!
 わたしの演技、まんざらでもないわ。違う職業に向いているんじゃないかしら? と、思うあかり。
 匠の騙され感を見て、可笑しいのを堪えた。その感覚に気付いたあかりは、

 やだ......。わたしってば、性格悪いのかな。なんて考えるようになった。

 嫌な事があると変な風に感情が、引き込まれてしまう。

 考えを打ち消し、海都にLINEをしようとした。
「あ......。気まずい雰囲気だったんだ」
 あかりはしょんぼりしたものの、海都のお父様を思い出した。


 休憩室の行動を、まさか華絵が一部始終見ているとは、この時、あかりは知るよしもなかった......。
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