影の妻、愛に咲く~明治の花嫁は、姉の代わりだったはずなのに~
その人物が、静かに名乗った。

「黒瀬誠一郎だ。」

その低く落ち着いた声に、全身がびくりと震えた。

目を合わせてはいけない気がして、ほんの一瞬だけ視線を伏せ、私はお辞儀をする。

「……高嶋梨……子です。」

ぎこちない名乗り。

言葉の途中で“梨沙”と名乗りそうになったのを、なんとか呑み込んだ。

これが、私と“夫になる人”との、最初の挨拶だった。

「すまない。こんな簡略な服装での結婚式になってしまって。」

そう言った誠一郎さんの声は、思いのほか穏やかだった。

顔を上げると、彼は紋付き袴ではなく、漆黒のスーツに身を包んでいた。

洋館にふさわしいその姿は、どこか近寄りがたいほど整っていて、

私は思わず視線を落としてしまう。

「……いえ。」

小さく返すと、彼は少しだけ眉尻を下げた。

「仕事が立て込んでいてね。今日しか時間が取れなかった。突然の婚礼を受け入れてくれて、礼を言う」
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