影の妻、愛に咲く~明治の花嫁は、姉の代わりだったはずなのに~
沈黙の中、ぽつりと名前が呼ばれる。

「……梨子」

呼ばれたことに気づいていながら、私は答えられなかった。

「梨子?」

「……えっ?」

振り向いたその瞬間――

誠一郎さんの腕が伸び、私をそっと抱き寄せた。

「君だよ。梨子。」

「……ぁ……」

かぁっと、頬が火照る。

湯気のせいなのか、誠一郎さんの腕に触れたからか、もう分からなかった。

胸元に感じる彼のぬくもり。

肌と肌が、遠慮なく重なり合う。

「ずっとこうしてみたかったんだ。」

その言葉に、全身がびくりと震えた。

(……どうしよう。触れられて、嬉しいと思ってしまってる)

嘘をついているのに。

“梨子”ではないのに。

でも、誠一郎さんの胸の中はあたたかくて、初めて“誰かの妻”になった気がした。

「……背中、流してもらえるか?」

誠一郎さんが、ふいにそう言った。

その声音は、少しだけ――いつもより小さかった。

「……はい。」
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