影の妻、愛に咲く~明治の花嫁は、姉の代わりだったはずなのに~
誠一郎さんの手が止まるのを感じた。

「前の方……?」

「……恋愛されていた方が、いらしたと……お母様から。」

問い終えたとき、背中にぬるい湯がかけられた。

ざば、と。

驚くほど静かに、そして穏やかに。

「……過去は、過去だ。」

低い声が耳元でささやかれた。

「思い出に触れたい気持ちも、分かる。でも、私がこうして手を伸ばしているのは――いま、目の前にいる“君”だけだ。」

ぴたりと背中に寄り添うぬくもり。

言葉よりも、その手のひらが、私の不安をそっと包んでいた。

湯上がりの肌に、さらりと浴衣が心地よかった。

誠一郎さんと並んで、私たちは寝室へと戻る。

障子の向こうに広がる月明かりの下、大きな寝台がひとつ、静かに私たちを待っていた。

「……今日は、初夜か。」

先に口を開いたのは、誠一郎さんだった。

低く、けれどどこか迷いのある声音。
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