影の妻、愛に咲く~明治の花嫁は、姉の代わりだったはずなのに~
笑顔で返すと、誠一郎さんの瞳がふっと揺れた。

「……君は、誰なんだ。」

その言葉は、甘く溶けかけた空気の中に、氷のように落ちた。

「……え?」

「君の笑い方、仕草、声、全部好きだ。でも――時々、梨子じゃない顔をしてる。」

胸がぎゅっと締めつけられる。

「私は――……」

喉の奥まで出かかっていた。本当の名前を。

だけど、それを言ったら、今の生活が終わってしまう気がした。

この蜜月が、儚い夢になってしまう気がして――

私は、ほんの一瞬だけ目を伏せて、息を呑んだ。

そして、微笑みながら言った。

「……梨子です。」

誠一郎さんは、しばらく私の顔をじっと見つめていた。

何も言わずに。何も問わずに。

やがてその腕が、私の肩をぎゅっと引き寄せた。

「そうか。」

低く優しい声で、そう言った。

「なら……二度と、離れて寝ない。」
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