影の妻、愛に咲く~明治の花嫁は、姉の代わりだったはずなのに~
当日、馬車を降り、古びた門をくぐると、そこには直立不動の白髭の軍人が立っていた。

背筋はぴんと伸び、いかにも軍人然とした男だった。

「よく来た。あー、」

私を見て、しばらく記憶を探るようにしたあと、口を開いた。

「梨沙です。」

私は礼をして名乗った。

「そうそう、里奈。」

「いえ……梨沙です。」

「……すまんすまん、里奈は前のカミさんじゃった。」

――前妻の名前と間違えられた。

それが私の新しい人生の、最初の言葉だった。

胸の奥に、静かに冷たい水が流れ込むのを感じた。

それでも私は、微笑んで応えた。

「今日から、どうぞよろしくお願いいたします。」

――誠一郎さん、私はここにいます。

あなたの愛を、私の中に宿して……。

私には――一筋の光があった。

この人に抱かれれば、もしかしたら、誠一郎さんの子供を、この家の跡継ぎとして育ててもらえるかもしれない。
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