末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました

第二章 ブレットの密室⑤

 真剣なブレットの瞳から逃れるように、クレアは顔を背けた。



「そもそもお兄様方の中からひとりを選ぶなんて、おこがましくて……。結婚は真に愛し合うふたりが、永遠を誓うことだと思いますし」

「クレアは僕達を愛していないのか?」



「まさか! 私は誰よりお兄様方を愛していますわ」

「だったらなんの問題もないだろう。僕達の誰かと結婚すれば、ずっとオークレントで、これまで通りの暮らしができる。クレアにとって不足はないはずだ」



 ブレットの言うとおりではあるが、肯定するのは憚られた。そもそもクレアの言う愛と、彼の言う愛は、性質が違うものだ。



「……オークレントにいたいから、などという理由で選ぶのであれば、三人の中の誰でも良いということになってしまいますわ」

「何がいけないんだ?」



 予想外の答えに驚き、クレアは躍起になって否定する。



「そんな失礼なことはできません!」

「僕は気にしない。クレアと結婚できるならね」



 信じられないことだが、ブレットは本心から言っているらしい。平然とクレアの手を取り、目を輝かせて語り始めた。



「むしろクレアには、損得勘定で結婚相手を選んでもらいたいくらいだよ。僕はアイザック兄様よりも、セシルよりもクレアを幸せにできる自信があるからね」



 クレアは困惑してしまい、何も言えないでいるが、ブレットは気にもとめていないようだ。熱っぽい視線をこちらに注ぎながら、延々と喋り続ける。



「僕と結婚してくれれば、これまで以上にオークレントを豊かにしてみせる。クレアに金銭的な苦労をさせることはないし、大抵の望みも叶えられるだろう。ふたりで歩む未来は、どんな実験や調査よりも価値がある。クレアがいて初めて、僕の人生は完成するんだ」



 ブレットの言葉はきっと真実だろうと思う。何不自由ない裕福な生活というものが、結婚の決め手になる女性もいるだろう。しかしクレアには、その提案が魅力的に映らないだけだ。



「ありがとうございます、そんなに言っていただいて……。でも私の望みは、オークレントで平穏に過ごすことだけですわ。あまり物欲がないことも、ブレット兄様はよくご存知でしょう?」



 クレアの答えを聞き、ブレットは脱力した。彼女の手を離し、「うん、そうだな」と言って苦笑する。



「まぁそういうクレアだから、愛おしいのだが」

「申し訳ありません、ブレット兄様」



「謝ることじゃない。それにまだ結論が出たわけではないのだろう? この先僕が選ばれる可能性だってある」



「え、えぇ、そうですわ」

「だったら今は、僕の気持ちを伝えられただけで良しとするよ。それにまだクレアには、聞きたいことがあるし」



 クレアが首をかしげると、ブレットは天井の隅を見つめ、言葉を選んでいる様子だった。何度も手を握りしめては解き、ためらいがちに口を開く。



「以前、母上の死、いや、健康上の問題について、話をしたと思うんだが。つまりあのとき、なぜクレアが傷ついて、その泣いたのか、教えて欲しくて」



 ブレットがこんなに言い直しながら話すのは珍しい。彼の言葉はいつも理路整然としていて、要点を確実にとらえているからだ。それだけクレアを泣かせたことを後悔しているのだとしたら、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。



「すみません、あれは私が悪いのです。ブレット兄様は間違っていないのですから、気になさることはありませんわ」

「違う、いや、違わないのか?」



 ブレットは混乱しているらしく、クレアを見つめたかと思うと床に目を落とし、あちこちに視線を彷徨わせてから、再び彼女を見返して続ける。



「間違っていない、そう、間違っていないと僕も思っている。でもクレアが泣いたの

だから、悪いのは僕なんだ。だからその理由を教えて欲しいんだよ」



 切実なブレットの瞳を受けて、クレアはきゅっと唇を噛んだ。ディアナの死は口にすることも辛い。ましてやその責任の一端が自分にもあると知れば尚更だ。



 しかし今ここで口を閉ざすことはできなかった。ブレットは真剣に質問しているのだし、クレアが黙っていることで、彼は無用の苦しみにさいなまれることになる。



「お母様は、本当に素晴らしい方でしたわ。私たちにとってはもちろん、領民にとってもです。お母様が定期的に開いてらした音楽会を、領民がどれほど楽しみにしていたか……。私よりはるかにオークレントに必要な人が、私のせいで亡くなってしまったのです」



 目尻が熱くなり、涙が零れそうになる。クレアはブレットに涙を見られないよう顔を背け、「こんなに悲しいことはありませんわ」とつぶやいた。



「待ってくれ、僕がいけなかった。そんなつもりじゃなかったんだ」



 ブレットが突然クレアの両肩を掴んだ。衝撃で彼女の涙が散り、彼は痛ましい表情で懸命に訴えかける。



「運命なんて、制御できるようなものじゃない。母上の死は避けられなかった。過ぎてしまったことに、責任を感じる必要はないんだ」

「でも私が」



「僕はただ母上が死に至ったであろう様々な可能性について、目を背けるべきではないと言いたかっただけだ。ありのままを受け入れ、共に乗り越えてこそ、真の愛だと思うから」



 クレアの涙は、ブレットの剣幕に押されて止まってしまった。彼が彼女を傷つけるために、あんな話をしたのではないと、わかってはいたつもりだ。しかし改めてその真意を深く知ることで、心が癒されていくのを感じる。



「そう、だったのですね……。お兄様方の妹ではないというショックの上に、お母様

のことを聞いて、感情が抑えきれなくなってしまって」

「僕の言葉が足らないのがいけなかったんだ。傷つけてしまって済まない」



 肩を落とすブレットを見て、クレアは一生懸命に微笑む。



「どうか謝らないでください。私はブレット兄様にハッキリ言っていただいて、良かったと思っているんです。事実を知ったことで、自ずとやるべきことも見えてきましたから」



「やるべきこと?」



「領民からお母様を奪ったのであれば、私にはその代わりをする義務がありますわ。ずっとお兄様方の後ろに隠れて、自由気ままに過ごしてきましたけれど、そろそろ侯爵家の娘としての自覚を持たなければいけません」



 華奢なクレアが精一杯胸を張り、堂々と語る姿を見て、ブレットは目を細める。



「それは頼もしいな。具体的には、何か考えがあるのか?」

「いえ、そこまではまだ」

「もし何か思いついたなら、僕も協力を」



「クレア! 大丈夫かっ」



 ブレットの話が終わる前に、悲痛な叫びが聞こえた。
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