末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました

第二章 ブレットの密室⑥

ドタドタという足音と共に、鍵束を握ったアイザックが血相を変えて駆け寄ってくる。



「アイザック兄様、どうなさったのです?」

「それはこっちの台詞だ。ふたりの姿が見えないと思ったら、メイドが実験室を施錠したと言うから。てっきり閉じ込められているんじゃないかと思って」



 アイザックは肩で息をしており、相当慌てていたのがわかる。確かに彼の言うとおりであり、ついさっきまで密室という状況に怯えきっていたのに。

 いつの間にか忘れていたことに気づいて、クレアはくすっと笑ってしまう。



「嫌ですわ、閉じ込められたなんて。ブレット兄様が、メイドに施錠しないよう伝え忘れていただけです」

「そう、ちょっとした行き違いだ」

「本当か? ブレットのことだから、わざとふたりきりになろうとしたんじゃないだろうな」



 あからさまに疑いをかけるアイザックに、ブレットはわざとらしく憤慨する。



「いくらなんでも、そこまでするわけないでしょう。なぁクレア?」



 ブレットに意味ありげな目配せをされ、クレアは今になって彼の思惑を確信する。きっと落ち着いて話がしたかったのだろう。そのためのお膳立てとしては、若干仰々し過ぎたと思うけれど。



「はい、ブレット兄様はそんな方ではありませんわ。執務室よりも実験室のほうがお好きなのは、間違いないと思いますけど」



「おいおい、僕が仕事熱心でないみたいに」

「逆ですわ。ブレット兄様には息抜きが足らないのです。時には公務をほっぽり出して、趣味に打ち込むくらいでちょうど良いと思いますわ」



 クレアの提案を聞いたブレットは、嬉しそうにしながらも、困ったように頬を掻く。



「そんなわけには」

「私、反省していますの。これまでブレット兄様に頼り切っていましたから……。どうかなんでもおっしゃってください、ブレット兄様のお力になりたいのです」



 一瞬迷ったものの、クレアはブレットの手を取りギュッと握った。彼女が本気だと、きちんと伝える必要があると思ったからだ。



「ありがとう、クレア。すごく、すごく嬉しいよ」



 ブレットがクレアの手を握り返し、ふたりは長く見つめ合う。信頼に満ちた空気、親密な距離感、ほんの数時間の間に何かが変わった。



 それを一番敏感に察知していたのは、アイザックだった。



 クレアとブレットは打ち解けた雰囲気を放っていたが、お互いに全くの無意識だった。アイザックだけが不安を煽られでもいるのか、胸の辺りを押さえて焦りと恐れの滲む声を絞り出す。



「やけに、仲が良いじゃないか。ふたりきりだった間に、何かあったのか?」

「何かだなんて、そんな、ふたりでお話ししていただけですわ」



 クレアが照れた様子でブレットを見て、彼も恥ずかしそうにうなずく。



「そうですよ、アイザック兄様。特別なことは何もありません」



 見つめ合うふたりは、嘘など言っていない。事実何もなかったのだが、アイザックは疑念を消せないらしく、寂しさとやっかみが入り混じった感情に囚われている。



「ブレットは気づいてないみたいだが、すごく良い顔をしてるぞ。今みたいな柔らかい表情、初めて見る」

「だとしたら、クレアが僕の心を溶かしてくれたのでしょう。利害や合理性ばかり考えていた僕を、クレアは深く純粋な愛で包み込んでくれた」



 ブレットのうっとりした表情を見て、アイザックは慌てて言った。



「ちょっと待て。クレアはブレットを選んだのか?」
< 14 / 44 >

この作品をシェア

pagetop