末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました

第二章 ブレットの密室⑦

「私は誰も選んでなどいませんわ。ブレット兄様がおっしゃっているのは、家族愛ということですわよね?」



 クレアも困惑してしまい、なんとかブレットを取りなそうとするが、彼の自信は揺るがず堂々と胸を張って宣言する。



「僕は愛に違いはないと思っているよ」

「いや、違いはあるだろ。クレアの夫になれる者は、たったひとりなのだから」



 アイザックに突っ込まれても、ブレットは平然と答える。



「愛とは柔軟なものですよ、家族愛が夫婦愛に変化することもあります。クレアが僕を愛しているのは間違いないのですから、いずれは異性として愛することもありましょう」



 ブレットの確信があまりにも強固なので、それ以上誰も何も言うことができなかった。

 ぶれることのないブレットの様子を、アイザックが羨ましそうに眺めている。まるで自分も弟のように、明け透けに想いを語れたらとでも考えているかのようだ。



 兄達にはそれぞれに良いところがあるのだから、気にする必要などないのに――。



 クレアの気持ちを知ってか知らずか、アイザックはジレンマに苦しんでいるかのような笑顔で、話題を変えた。



「ところで、香水作りは上手くいったのか?」

「まだ香水は作っていませんの。精油を採るのに時間がかかってしまって」



 アイザックはそれを聞いて勢い込む。



「じゃあ俺にも手伝わせてくれ」

「大した作業ではありませんから、僕とクレアだけで十分ですよ」



 ブレットがやんわり拒否するが、アイザックは譲らない。



「まぁそう言うな。俺も香水作りには興味があるんだ」

「えっ、そんな話は初めて聞きましたが。以前香水の匂いをまき散らす令嬢に、苦言を呈してらっしゃいましたよね?」



 ブレットに突っ込まれて、アイザックはあちこち視線を移しながら、しどろもどろになって答える。



「それはつまり、時と場合によると言うか。香りっていうのは、好みもあるしな。俺が言いたいのは、香水そのものを否定しているわけじゃないってことだ」

「いや、それにしても」

「良いじゃありませんか、ブレット兄様」



 ふたりの間に不穏な空気が流れる前に、クレアが急いで口を挟む。



「アイザック兄様も一緒に作業してくだされば、きっとすぐに終わりますわ。あと少ししたらロティーに餌をあげる時間ですし、香水を試してみるのにちょうど良いです」



 ブレットはまだ何か言いたそうだったが、「わかったよ」とうなずく。



「じゃあ作業に入ろう。精油さえできたら、あとは無水エタノールと混ぜるだけだ。きっちり計る必要はあるけどね」



 三人は実験台の前に移動し、クレアとアイザックは、ブレットに言われて様々な器具を用意した。その間に搾った精油はある程度分離し、上澄み液はかなり透き通っている。



「さて、この上澄み液だけを、容器を傾けて取り除いていくんだ」



 ブレットは精油が入った瓶を左手に持ち、右手には細い竹串を持って、液体を沿わせながら別の広口瓶に移していく。精油が容器の外側を伝って、零れるのを防ぐためなのだろう。



「香水は無水エタノールの量に対して、精油が三十パーセントになるよう計量して混ぜる。オレンジにはベルガモットやゼラニウムも合うんだが、今回の香水はあくまでロティーと仲良くなるためのものだから、他の精油はブレンドせずにオレンジだけを使おう」



 ふたりはブレットの指示で、きっちりと精油と無水エタノールを計った。最後にブレットが竹串でしっかり掻き混ぜ、茶色い遮光瓶に香水を移す。



「よし、完成だ」

「では早速」



 クレアが香水瓶を取り上げると、ブレットが制止した。



「ちょっと待って。今日は最初だから、ほのかに香るくらいから初めてみよう。クレア、ハンカチを持っているかい?」

「はい、ここに」



 ブレットはクレアからハンカチを受け取ると、出来たての香水を軽く染み込ませてから、彼女の手首と耳の後ろにポンポンと乗せる。



「どうだい?」

「柔らかい香りが漂って、とても良いと思いますわ」

「うん、親しみやすいし、甘く爽やかで、クレアにはすごく似合っているよ」



 アイザックが鼻をクンクンとさせて、クレアはなんだか照れてしまう。褒められていても、身体の匂いを嗅がれるというのは恥ずかしいものだ。



「ありがとうございます」

「そう言えば、母上もいつも良い香りをさせていたね。あれはなんの香りだったのか」

「バラですよ。母上を慕う者達が、毎朝部屋に切り花を届けていたんです。母上はバラがお好きでしたからね」



 懐かしい香りがクレアの脳裏に浮かび、ディアナの優しい笑顔と美しい声が鮮烈に蘇ってくる。彼女に笑ってもらいたくて、声を掛けてもらいたくて、誰もが必死だった。尊敬や愛情を一身に集め、クレアを含め皆がディアナに憧れを抱いていたのだ。



 ディアナは特別な存在で、あまりにも光り輝き、その存在が強烈すぎたからこそ、クレアはどこか諦めていた節がある。自分は血が繋がっているはずなのに、母親のカリスマ性を何も受け継がなかった、できの悪い娘なのだと。



 しかし実際には、ディアナとクレアは母娘ではなかった。ならばクレアがディアナになれなくても仕方がない。母親と自分を比べる必要もなく、クレアなりに領民の幸福を願い、思いやりを示せばいいだけなのだ。



「クレア、大丈夫か? 香水をつけなれていないから、気分が悪いとか?」



 物思いにふけっていたせいか、アイザックが心配そうに声を掛けてくれる。クレアは顔を上げ、吹っ切れたように笑った。



「いえなんでもありませんわ。ここを片付けて、早くロティーの元に参りましょう」
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