末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました
第三章 セシルの魅惑②
ゆっくりとセシルが深呼吸し、美しい音色と共に彼の指が繊細に踊り始めた。
優雅な旋律がクレアに愛を囁き、まるでセシルに抱きすくめられているかのようだ。軽やかな響きが彼女の身を包み、幻想の中を揺蕩うような錯覚に陥る。
言葉にならない。これまでには全くない、新しい音楽だった。
聴く者を別世界へと誘い、心に直接語りかけ、感動を刻み込んでいく。観客全て、クレアの肩に乗るロティーまでもが、セシルの音楽に魅了されていた。
「どうだった?」
渾身の演奏を終えて、セシルが尋ねたけれど、誰もが放心状態で口を開くことができない。
しかしこの曲はクレアのためのもの。一番に感想を伝えるのは、彼女の役目だ。
「素晴らしいです、素晴らしいという言葉では、言い尽くせないほどの曲ですわ。間違いなく、これまでの最高傑作です」
つたない言葉だ。セシルの曲の凄まじさを、何ひとつ伝え切れていない。それでも彼は、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう。もしそうなら、全てはクレアのおかげだよ」
「私は何もしていませんわ」
セシルは首を振り、穏やかに微笑む。
「クレアの存在が、ボクにインスピレーションを与えてくれるんだ。クレアへの愛によって、創造力が刺激されるんだよ」
クレアは照れてしまって何も言えなくなってしまう。セシルは彼女を持ち上げすぎるのだ。
「確かにすごい曲だったよ。僕は音楽の力を、甘く見ていた。謝罪せねばならん」
「珍しいな、ブレットがそんな殊勝なことを言うなんて」
アイザックが余裕ぶって笑うが、彼も興奮しているのが伝わってくる。
「まぁでも言いたいことはわかるよ。この曲には本当に圧倒されてしまう。クレアの歌声が合わさりでもしたら、とんでもない破壊力だろうな」
「でしょ? 実は歌詞も書いてるんだ」
身を乗り出したセシルが、嬉々として紙の束を持ち出す。オークレントの古い慣習や風俗など、伝承をテーマにした歌詞が何枚にも渡って続き、どこか郷愁を感じさせる言葉が散りばめられている。
「素敵な詩ですわ。セシル兄様には、文学的な才能もおありだったのですね」
「いやぁ、それほどでもないんだけどさ」
珍しくセシルが謙遜し、恥ずかしそうに頬を掻く。クレアは紙束を握る手に力を込め、項垂れて言った。
「この曲を私が歌うだなんて、とても……おこがましいですわ」
「何言ってるの! クレアの歌声は、人類の至宝なんだから」
セシルがクレアの両腕を掴み、懇願するように続ける。
「ボクはね、昔母上が開催していたような、領民を集めた音楽会を開きたいんだ。きっと皆、喜んでくれるはずだよ」
あまりに突拍子もない話で、クレアは思わず後ろに飛び退った。
「私の歌声は、お母様ほど美しくはありません」
「クレアは自分を卑下しすぎ。クレアの歌は母上の歌にも、全然引けを取らないよ!
もちろんボクがサポートするし、領民のためにも一緒に頑張ろう」
力強く言うセシルは、心からクレアの歌を買ってくれているのだろう。しかし彼女にディアナと並ぶ実力があるとは思えず、気後れしてしまうばかりだ。
「セシル兄様は、私を買いかぶっているのですわ」
「ボクは本気で」
「私の歌は、人前で披露できるほどのものではないのです。いつも聴衆は小鳥たちだ
けなので、気兼ねせず自由に歌えるだけで」
グズグズと躊躇い、逡巡するクレアを見かねて、アイザックが助け船を出してくれた。
「急に音楽会なんて言われても、クレアが尻込みするのは当然だろ? 領民のためというのもわからなくはないが、案外セシルがクレアの歌声を聞きたいだけだったりして」
「そんなわけないでしょ!」
セシルはムキになって否定し、弾丸のように捲し立てる。
「アイザック兄様の想像だし、なんの根拠もないよね? ボクがクレアの歌声を愛してるのは事実だけど、それだけのために音楽会を開催しようなんて言わないよ。あくまでこれは領民のためで、オークレントに活気をもたらそうとボクなりに」
「わかったわかった、冗談だよ。俺だって音楽会に否定的なわけじゃない」
アイザックがセシルを宥めると、ゲイリーが穏やかな笑顔で口を開いた。
「音楽会はとても良い考えだと思う。きっとディアナも賛成したはずだ。クレアの歌声がとても好きだったからね」
ゲイリーにそこまで言われては、クレアに断る選択肢などなかった。領民達をガッカリさせてしまうのが怖いが、ディアナへの供養になるなら、精一杯の努力はしようと思う。
「わかりました。私、頑張ります」
「そうこなくちゃ! 早速レッスンに入ろう」
勢い込むセシルの水を差すように、ブレットが冷静な声で尋ねた。
「しかし会場はどうするんだ? 母上は庭園の野外ステージで音楽会を催していたが、老朽化で取り壊しただろう?」
「そういうのは、適当に用意しといて欲しいな」
「適当に、ってお前」
ブレットが眉間に皺を寄せるが、セシルは甘えた様子で首をかしげる。
「だってボク、予算とか建築様式とか、よくわかんないしさ。どんな場所でも文句は言わないから、お兄様方に任せようかなって」
「あのな、それなりの人数を収容できる会場なんて、そう簡単には手配できないんだよ。一から建設するとなると、相当時間も掛かるし」
「まぁまぁふたりとも、落ち着けよ。会場なら母上の部屋を使えばいい。あそこはサロンとしても使われていたから、広さは申し分ないし。内装に軽く手を入れれば、立派な会場になるだろう」
アイザックの提案を聞き、クレアは大きく手を振った。
「いけませんわ。今回のためだけに、あの場所を作り替えるだなんて」
「私は構わないよ」
ゲイリーの言葉にクレアは困惑するが、彼は彼女の頭を優しく撫でた。
「音楽会も今回だけと言わず、二度三度開催すれば良い。あの部屋に過去を閉じ込めておくより、クレアが新しい思い出を重ねてくれるほうが、私は嬉しいからね」
「お父様……」
ふたりのやり取りを見つめていたセシルは、満足そうに両手を合わせる。
「さすが父上は、話がわかるよ。じゃあ後のことは、万事上手くいくようよろしく頼むね。ボク達はレッスンがあるから」
セシルはさっさとクレアの腕を取ると、三人を部屋から追い出しにかかる。ブレットはまだ何か言いたそうだったが、ゲイリーとアイザックに背中を押されて、渋々去ったのだった。
優雅な旋律がクレアに愛を囁き、まるでセシルに抱きすくめられているかのようだ。軽やかな響きが彼女の身を包み、幻想の中を揺蕩うような錯覚に陥る。
言葉にならない。これまでには全くない、新しい音楽だった。
聴く者を別世界へと誘い、心に直接語りかけ、感動を刻み込んでいく。観客全て、クレアの肩に乗るロティーまでもが、セシルの音楽に魅了されていた。
「どうだった?」
渾身の演奏を終えて、セシルが尋ねたけれど、誰もが放心状態で口を開くことができない。
しかしこの曲はクレアのためのもの。一番に感想を伝えるのは、彼女の役目だ。
「素晴らしいです、素晴らしいという言葉では、言い尽くせないほどの曲ですわ。間違いなく、これまでの最高傑作です」
つたない言葉だ。セシルの曲の凄まじさを、何ひとつ伝え切れていない。それでも彼は、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう。もしそうなら、全てはクレアのおかげだよ」
「私は何もしていませんわ」
セシルは首を振り、穏やかに微笑む。
「クレアの存在が、ボクにインスピレーションを与えてくれるんだ。クレアへの愛によって、創造力が刺激されるんだよ」
クレアは照れてしまって何も言えなくなってしまう。セシルは彼女を持ち上げすぎるのだ。
「確かにすごい曲だったよ。僕は音楽の力を、甘く見ていた。謝罪せねばならん」
「珍しいな、ブレットがそんな殊勝なことを言うなんて」
アイザックが余裕ぶって笑うが、彼も興奮しているのが伝わってくる。
「まぁでも言いたいことはわかるよ。この曲には本当に圧倒されてしまう。クレアの歌声が合わさりでもしたら、とんでもない破壊力だろうな」
「でしょ? 実は歌詞も書いてるんだ」
身を乗り出したセシルが、嬉々として紙の束を持ち出す。オークレントの古い慣習や風俗など、伝承をテーマにした歌詞が何枚にも渡って続き、どこか郷愁を感じさせる言葉が散りばめられている。
「素敵な詩ですわ。セシル兄様には、文学的な才能もおありだったのですね」
「いやぁ、それほどでもないんだけどさ」
珍しくセシルが謙遜し、恥ずかしそうに頬を掻く。クレアは紙束を握る手に力を込め、項垂れて言った。
「この曲を私が歌うだなんて、とても……おこがましいですわ」
「何言ってるの! クレアの歌声は、人類の至宝なんだから」
セシルがクレアの両腕を掴み、懇願するように続ける。
「ボクはね、昔母上が開催していたような、領民を集めた音楽会を開きたいんだ。きっと皆、喜んでくれるはずだよ」
あまりに突拍子もない話で、クレアは思わず後ろに飛び退った。
「私の歌声は、お母様ほど美しくはありません」
「クレアは自分を卑下しすぎ。クレアの歌は母上の歌にも、全然引けを取らないよ!
もちろんボクがサポートするし、領民のためにも一緒に頑張ろう」
力強く言うセシルは、心からクレアの歌を買ってくれているのだろう。しかし彼女にディアナと並ぶ実力があるとは思えず、気後れしてしまうばかりだ。
「セシル兄様は、私を買いかぶっているのですわ」
「ボクは本気で」
「私の歌は、人前で披露できるほどのものではないのです。いつも聴衆は小鳥たちだ
けなので、気兼ねせず自由に歌えるだけで」
グズグズと躊躇い、逡巡するクレアを見かねて、アイザックが助け船を出してくれた。
「急に音楽会なんて言われても、クレアが尻込みするのは当然だろ? 領民のためというのもわからなくはないが、案外セシルがクレアの歌声を聞きたいだけだったりして」
「そんなわけないでしょ!」
セシルはムキになって否定し、弾丸のように捲し立てる。
「アイザック兄様の想像だし、なんの根拠もないよね? ボクがクレアの歌声を愛してるのは事実だけど、それだけのために音楽会を開催しようなんて言わないよ。あくまでこれは領民のためで、オークレントに活気をもたらそうとボクなりに」
「わかったわかった、冗談だよ。俺だって音楽会に否定的なわけじゃない」
アイザックがセシルを宥めると、ゲイリーが穏やかな笑顔で口を開いた。
「音楽会はとても良い考えだと思う。きっとディアナも賛成したはずだ。クレアの歌声がとても好きだったからね」
ゲイリーにそこまで言われては、クレアに断る選択肢などなかった。領民達をガッカリさせてしまうのが怖いが、ディアナへの供養になるなら、精一杯の努力はしようと思う。
「わかりました。私、頑張ります」
「そうこなくちゃ! 早速レッスンに入ろう」
勢い込むセシルの水を差すように、ブレットが冷静な声で尋ねた。
「しかし会場はどうするんだ? 母上は庭園の野外ステージで音楽会を催していたが、老朽化で取り壊しただろう?」
「そういうのは、適当に用意しといて欲しいな」
「適当に、ってお前」
ブレットが眉間に皺を寄せるが、セシルは甘えた様子で首をかしげる。
「だってボク、予算とか建築様式とか、よくわかんないしさ。どんな場所でも文句は言わないから、お兄様方に任せようかなって」
「あのな、それなりの人数を収容できる会場なんて、そう簡単には手配できないんだよ。一から建設するとなると、相当時間も掛かるし」
「まぁまぁふたりとも、落ち着けよ。会場なら母上の部屋を使えばいい。あそこはサロンとしても使われていたから、広さは申し分ないし。内装に軽く手を入れれば、立派な会場になるだろう」
アイザックの提案を聞き、クレアは大きく手を振った。
「いけませんわ。今回のためだけに、あの場所を作り替えるだなんて」
「私は構わないよ」
ゲイリーの言葉にクレアは困惑するが、彼は彼女の頭を優しく撫でた。
「音楽会も今回だけと言わず、二度三度開催すれば良い。あの部屋に過去を閉じ込めておくより、クレアが新しい思い出を重ねてくれるほうが、私は嬉しいからね」
「お父様……」
ふたりのやり取りを見つめていたセシルは、満足そうに両手を合わせる。
「さすが父上は、話がわかるよ。じゃあ後のことは、万事上手くいくようよろしく頼むね。ボク達はレッスンがあるから」
セシルはさっさとクレアの腕を取ると、三人を部屋から追い出しにかかる。ブレットはまだ何か言いたそうだったが、ゲイリーとアイザックに背中を押されて、渋々去ったのだった。