末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました
第三章 セシルの魅惑④
「やぁ、クレア。ちょっと良いかな?」
アイザックが丸めた設計図を持って、クレアの部屋を訪ねてきた。ロティーがハンモックにぶら下がり、のびのび遊ぶ様子を眺めていた彼女は、振り返って微笑む。
「はい、何かご用ですか?」
「母上の部屋の改装なんだが、意見を聞きたくてね。クレアの希望はできるだけ反映したいし」
「お気遣いありがとうございます。希望と言っても、特には……。できるだけ以前の
雰囲気を残して、あまり大きくは変えないで欲しいなと思いますけど」
ディアナの部屋は元々、彼女の意向を反映した控えめな雰囲気だった。豪華なフレスコ画もなく、立派な彫像やタペストリーもなく、繊細で心地よい空間だったのだ。
「その点は大丈夫だよ。大まかな方向性は伝えてあるからね」
アイザックがテーブルに設計図を広げ、あちこち指さしながら続ける。
「ここのカーテンが古くなっていたので、思い切ってビロードから絹に変えることにしたよ。壁紙もそれに合わせて張り替えるつもりだ。母上には重厚な深紅や金箔が似合っていたけど、クレアにはピンクやクリームのような、パステルカラーが似合うからね」
クレアが事細かに伝えなくても、アイザックは彼女をよく理解してくれている。きっと普段から彼女を見守り、細やかな感情や意図を察する努力をしているのだ。彼は誰に対してもそうだから、皆から信頼され、絆を強めることができている。
そんな兄を誇らしく思うと同時に、もしクレアがアイザックを選べば、彼を独り占めしてしまうことに抵抗も感じる。彼の深い愛情と優しさが、自分だけに向けられるなんて、贅沢過ぎるように思われるのだ。
「良いと思いますわ。あまり壮大で、威圧されてしまうような場所にはしたくないですもの」
クレアは心苦しさを隠し、努めて明るい調子で言った。アイザックはホッと表情を緩めて、設計図を再び丸める。
「もし良ければ、作業中の母上の部屋に来ないか?」
「えぇ、ぜひ」
ふたりはクレアの部屋を出て、ディアナの部屋に向かった。カーテンが取り払われ、家具が運び出されて随分とスッキリしている。大理石の暖炉や天井まである大きな窓は、ピカピカに磨かれており、部屋全体に清らかな空気が漂っていた。
「かなり印象が変わりましたね」
「そうだろ? ここなら領民と打ち解けて、のんびり会話を楽しめる。きっと気安く、楽しい音楽会になるだろう」
アイザックは内心で、ディアナの華やかな音楽会のことを思い出しているのだろう。彼女は歌を披露するだけでなく、時には即興のオペラや田園劇を演じたこともあった。
観客は絶えずディアナに拍手を送り、目に涙をうかべて祝辞を述べたものだった。ゲイリーなどは幕間のたびに舞台へ駆け上がり、ディアナにキスをしていたほどだ。
「クレアは母上を目指さなくていいんだ。公妃の威厳だとか、役割だとか、そんなものに囚われることもない。侯爵家の一員として必要な品格や礼儀正しさは、クレアにはもう十二分に備わっているんだからね」
「セシル兄様も、同じようなことをおっしゃって下さいましたわ。私は気負っているように見えているのでしょうね」
クレアが苦笑すると、アイザックが静かで穏やかな口調で言った。
「少し、緊張してるようには見えるかな。最近は食欲もあまりないみたいだしね。でも以前より、生き生きしてると思う。やりがいを感じてるんだろ?」
「はい。これまではお父様やお兄様方に甘えて、オークレントの繁栄や安定には無頓着でした。自分にはどうせ何もできないと、思い込んでいたのです」
アイザックが否定しようと口を開き掛けたので、クレアはにっこりしてそれを制する。
「今はオークレントをより良い場所にするという、使命を感じていますの。領民に対する奉仕の心を持ち、私なりに人々の健康や幸福を支えたいのですわ。音楽会がそのきっかけになればいいと、考えていますの」
クレアの思いを黙って聞いていたアイザックは、彼女の心に寄り添うかのように優しく微笑む。
「ここ数日の間に、クレアがすごく成長したように感じるよ」
「悲しいことですけれど」と前置きし、クレアは目を伏せた。
「お父様とお母様の娘ではないと知ったことが、原動力になっている気がしますわ。お母様のように振る舞えない自分が、ずっと情けなかったのですけれど、お母様を目指す必要もないですものね」
しっかりと顔を上げ、先ほど言われたことを繰り返すと、アイザックが「あぁその通りだ」と大きくうなずく。
「母上は確かに強く、賢く、素晴らしい女性だったが、俺はクレアの、ある意味で完璧でないところが好きなんだ。未熟だからこそ、過ちから学び、弱い者にも共感できる。それは母上にはできなかったことだと思うよ」
「ありがとうございます。私きっと、音楽会を成功させてみせますわ。お兄様方がこんなにも、尽力してくださっているのですもの」
「俺達の協力なんて大したことないが、音楽会の成功は心から祈ってるよ。父上も同じ気持ちのはずだ」
「はい、頑張ります」
クレアは部屋を見渡し、その完成を想像しながら深くうなずいたのだった。
アイザックが丸めた設計図を持って、クレアの部屋を訪ねてきた。ロティーがハンモックにぶら下がり、のびのび遊ぶ様子を眺めていた彼女は、振り返って微笑む。
「はい、何かご用ですか?」
「母上の部屋の改装なんだが、意見を聞きたくてね。クレアの希望はできるだけ反映したいし」
「お気遣いありがとうございます。希望と言っても、特には……。できるだけ以前の
雰囲気を残して、あまり大きくは変えないで欲しいなと思いますけど」
ディアナの部屋は元々、彼女の意向を反映した控えめな雰囲気だった。豪華なフレスコ画もなく、立派な彫像やタペストリーもなく、繊細で心地よい空間だったのだ。
「その点は大丈夫だよ。大まかな方向性は伝えてあるからね」
アイザックがテーブルに設計図を広げ、あちこち指さしながら続ける。
「ここのカーテンが古くなっていたので、思い切ってビロードから絹に変えることにしたよ。壁紙もそれに合わせて張り替えるつもりだ。母上には重厚な深紅や金箔が似合っていたけど、クレアにはピンクやクリームのような、パステルカラーが似合うからね」
クレアが事細かに伝えなくても、アイザックは彼女をよく理解してくれている。きっと普段から彼女を見守り、細やかな感情や意図を察する努力をしているのだ。彼は誰に対してもそうだから、皆から信頼され、絆を強めることができている。
そんな兄を誇らしく思うと同時に、もしクレアがアイザックを選べば、彼を独り占めしてしまうことに抵抗も感じる。彼の深い愛情と優しさが、自分だけに向けられるなんて、贅沢過ぎるように思われるのだ。
「良いと思いますわ。あまり壮大で、威圧されてしまうような場所にはしたくないですもの」
クレアは心苦しさを隠し、努めて明るい調子で言った。アイザックはホッと表情を緩めて、設計図を再び丸める。
「もし良ければ、作業中の母上の部屋に来ないか?」
「えぇ、ぜひ」
ふたりはクレアの部屋を出て、ディアナの部屋に向かった。カーテンが取り払われ、家具が運び出されて随分とスッキリしている。大理石の暖炉や天井まである大きな窓は、ピカピカに磨かれており、部屋全体に清らかな空気が漂っていた。
「かなり印象が変わりましたね」
「そうだろ? ここなら領民と打ち解けて、のんびり会話を楽しめる。きっと気安く、楽しい音楽会になるだろう」
アイザックは内心で、ディアナの華やかな音楽会のことを思い出しているのだろう。彼女は歌を披露するだけでなく、時には即興のオペラや田園劇を演じたこともあった。
観客は絶えずディアナに拍手を送り、目に涙をうかべて祝辞を述べたものだった。ゲイリーなどは幕間のたびに舞台へ駆け上がり、ディアナにキスをしていたほどだ。
「クレアは母上を目指さなくていいんだ。公妃の威厳だとか、役割だとか、そんなものに囚われることもない。侯爵家の一員として必要な品格や礼儀正しさは、クレアにはもう十二分に備わっているんだからね」
「セシル兄様も、同じようなことをおっしゃって下さいましたわ。私は気負っているように見えているのでしょうね」
クレアが苦笑すると、アイザックが静かで穏やかな口調で言った。
「少し、緊張してるようには見えるかな。最近は食欲もあまりないみたいだしね。でも以前より、生き生きしてると思う。やりがいを感じてるんだろ?」
「はい。これまではお父様やお兄様方に甘えて、オークレントの繁栄や安定には無頓着でした。自分にはどうせ何もできないと、思い込んでいたのです」
アイザックが否定しようと口を開き掛けたので、クレアはにっこりしてそれを制する。
「今はオークレントをより良い場所にするという、使命を感じていますの。領民に対する奉仕の心を持ち、私なりに人々の健康や幸福を支えたいのですわ。音楽会がそのきっかけになればいいと、考えていますの」
クレアの思いを黙って聞いていたアイザックは、彼女の心に寄り添うかのように優しく微笑む。
「ここ数日の間に、クレアがすごく成長したように感じるよ」
「悲しいことですけれど」と前置きし、クレアは目を伏せた。
「お父様とお母様の娘ではないと知ったことが、原動力になっている気がしますわ。お母様のように振る舞えない自分が、ずっと情けなかったのですけれど、お母様を目指す必要もないですものね」
しっかりと顔を上げ、先ほど言われたことを繰り返すと、アイザックが「あぁその通りだ」と大きくうなずく。
「母上は確かに強く、賢く、素晴らしい女性だったが、俺はクレアの、ある意味で完璧でないところが好きなんだ。未熟だからこそ、過ちから学び、弱い者にも共感できる。それは母上にはできなかったことだと思うよ」
「ありがとうございます。私きっと、音楽会を成功させてみせますわ。お兄様方がこんなにも、尽力してくださっているのですもの」
「俺達の協力なんて大したことないが、音楽会の成功は心から祈ってるよ。父上も同じ気持ちのはずだ」
「はい、頑張ります」
クレアは部屋を見渡し、その完成を想像しながら深くうなずいたのだった。