末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました

第三章 セシルの魅惑⑤

 自主的に歌の練習をするため、クレアは噴水庭園に向かっていた。

 セシルに声を掛ければ、いつでも付き合ってくれるのはわかっていたけれど、彼には彼のやるべきことがあるのだし、それを邪魔したくはなかったのだ。



 目的の場所まであと少しというところで、クレアは思わず立ち止まり物陰に隠れた。

 セシルがいたからだ。彼の足下にはオーツ麦のようなものがばらまかれ、それを目当てに小鳥達が群がっている。



「クレア、ガンバレ」



 セシルが必死の形相で、小鳥達に話しかけた。



「カアッバレッ」

「違うよ! クレアガンバレだってば」



 セシルは頭を抱え、ゆっくりと言った。



「ク・レ・ア。ほらもう一回」

「クアッ」

「惜しい。ク・レ・ア。ク・レ・アだよ」

「ク……レア」

「そう! 良い感じだよ!」



 手を叩いて喜ぶセシルを見て、クレアの心はじんわりと優しさで満たされた。

 セシルはもとより明け透けで、クレアに対しても堂々と愛を語ってくれる。だからこそ、こんな風に陰で一生懸命になっている姿が、一層新鮮な喜びを抱かせてくれたのだ。



 取り立てて動物と友好的というわけではないのに、ぎこちない身振り手振りをして、額にはうっすらと汗を滲ませ、それが全てクレアのためだと思うと、何よりも深い愛情を感じる。



「やぁクレア、探したよ」



 ふいに肩を叩かれて、クレアは振り向いた。



「ブレット兄様」

「あれはセシルか? 何をしてるんだ?」

「小鳥達に言葉を教えているのですわ」

「なんでまたそんなことを」



 ブレットは首をかしげ、クレアは少し頬を染めて言った。



「私の応援のために、だと思いますわ」



 セシルの姿を見つめていたブレットは「なるほど」と言って続けた。



「確かに人間の言葉を覚える種類の鳥はいる。きっとセシルなりに気を遣っているのだろう。クレアを無理矢理表舞台に連れ出したことを」

「まぁ無理矢理だなんて。私も最初は尻込みしてしまいましたけれど、今では良い機会をいただいたと思っているんですの」



 勢い込むクレアに、ブレットが穏やかな笑みを浮かべて言った。



「それならいいんだ。僕も音楽祭を楽しみにしているからな」



 ブレットの瞳に期待が込められ、クレアの心はわずかにざわめいた。喜びはあれど、それと同じくらいの重責も感じているからだ。



 しかしその気持ちに気づかれてはならない。弱音を見せてしまうと、ブレットにいらぬ心労をかけてしまう。

 クレアは笑顔を作って、話題を変えた。



「ところで私に何かご用ですの?」

「あぁ、音楽会の招待状だけど、母上が愛用していたインクを使おうかと思ってね」

「あのバラの香りがする?」



 ブレットがうなずき、クレアはにこやかに両手を合わせた。



「とても素晴らしいお考えだと思いますわ。もう招待客は決まっていますの?」

「いや、さすがに領民全部を招待するのは難しいからね。今希望者を募っているところだ」



 クレアは顔を曇らせ、苦笑しながら言った。



「お母様ならともかく、私の歌を皆が聴きたいと思うでしょうか?」

「何を言ってる。今の段階でも希望者が多数で、抽選しなければならないと話しているのに」

「まぁ、そうなんですの?」



 驚くクレアの手を、ブレットが優しく掴んだ。



「クレアは自分が思っているよりも、ずっと領民に愛されているんだ。自覚を持って、堂々と振る舞えばいい」



 ブレットの励ましを受け、クレアは皆が自分を信じる気持ちが、彼女を確かに導いてくれるのだと知った。歩みを止めず、前へ進む限り、皆彼女を応援し続けてくれる

のだ。

 クレアは胸の奥に広がる温かさを感じながら、気持ちを奮い立たせたのだった。
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