末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました

第四章 クレアの過去①

「お父様、少しよろしいでしょうか?」



 ロティーを肩に乗せたクレアがゲイリーの部屋をのぞくと、彼は読んでいた書物から顔を上げた。パタンと書物を閉じて、彼女に優しく尋ねる。



「なんだい、クレア」

「その、お話ししたいことがあって……」

「息子達の求婚のことかな?」



 まったく図星だったので、クレアはその場で立ち尽くしてしまう。ゲイリーは楽し

そうに笑いながら、彼女を手招きした。



「さぁこちらに座って。何も難しく考えることはない。クレアが誰を選ぼうと、息子達の仲が悪くなるということもないだろうしね」



 クレアはゲイリーの前に腰掛け、うつむいたままで言った。



「お兄様達は皆、本当に私を愛してくれています。それが痛いほどわかるから、選ぶのが辛いのですわ」



 苦悩するクレアを見かねてか、ゲイリーが思わぬ提案をした。



「気分転換に、旅をしてみたらどうかね?」

「旅、ですか?」



 ゲイリーはうなずき、真剣な表情で言った。



「以前ロティーと旅行に行きたいと言っていただろう? 実の母親が暮らした場所を、一度訪ねたらどうかと思っていたんだ。自らのルーツを辿れば、心境の変化もあるかもしれない」



 クレアは息を呑んだ。一度は尋ねようとしながら、ゲイリーとの結び付きが解かれてしまう気がして、触れられなかった話題だからだ。



 しかし母親、とは……?



 なぜ両親、ではないのだろう。クレアが不思議に思う気持ちが顔に出ていたのか、ゲイリーは少し躊躇いながら驚くべき事実を告げた。



「お前の母親はローラ・ヒューズという。王宮で働く侍女でね。父親は前国王陛下だ」



 声が出なかった。

 まさか、そんな。きっとゲイリーに近しい、貴族夫妻の誰かだろうと思っていたのに。



「それ、は、本当、なのですか?」



 掠れ声で尋ねると、ゲイリーは深くうなずく。



「もしクレアに真実を話さなければならない時が来たら、渡すよう言われていたものがある」



 ゲイリーはおもむろに立ち上がり、宝石箱からペンダントを取り出した。華美ではないが、確かに王家の紋章が刻印されている。



「わ、私は、不埒な関係の末に」

「それは違う」



 クレアの言葉をゲイリーが優しく訂正した。



「以前も話したと思うが、お前は愛されて生まれてきたのだよ。それは間違いない。でなければ、陛下が私たちにお前を託すはずはないのだ」



 前国王陛下というと、かなり高齢で在位期間も長かったと聞く。皇后に先立たれ、身の回りの世話をする侍女と深い関係になったとしてもおかしくはない。



 何よりゲイリーの発言が物語っている。



 王家からの信頼が厚いエドワーズ家が里親に選ばれたことこそ、陛下の愛情の証なのだ。

 戯れの恋ならば、妊娠した侍女など放逐すれば良いし、ましてや証拠になるペンダントなど渡しはしないだろう。



「私の、お母様は」

「身重の彼女を、我々が保護していたんだがね。お前を産んで、すぐに亡くなってしまったよ」



 クレアにとっては顔も声も思い出せない、本当の母親。

 ゲイリーやクレアを愛すればこそ、向き合うべきかどうか迷っていた。しかし過去を知った今、母親がどう生きたのか、私にどんな感情を持っていたのか、知りたいと思った。



 もう会うことは叶わない。触れることも、声を聞くこともない。



 それでも母親に敬意を抱き、その人生に思いを馳せたいと思う。陛下との許されない恋に落ち、故郷の地を踏むことなく、この世を去った彼女に。



「教えてくださり、ありがとうございます。私、旅に出ようと思いますわ」



 決意に満ちたクレアの表情を見て、ゲイリーがにこやかに言った。



「そうか。きっと息子達との絆も深まるだろうよ」

「いえ、行くのは私とロティーだけですわ」



ロティーの頭を撫でながら放ったクレアの言葉は、部屋の空気をさっと変えた。ゲイリーは困惑を隠さず、ゆっくりと彼女を諭す。



「それはいけないよ、クレア。お供も連れずに、ひとりでなんて許すわけにはいかない」

「これは私の問題です。お兄様方には関係のないことですわ」



 クレアは確固たる決意の元に言ったが、ゲイリーは寂しそうにうつむいた。



「そんなことを聞いたら、息子達は傷つくだろうよ」



 哀しげなゲイリーの瞳を見て、クレアは慌てて言った。



「勘違いなさらないでください。私はただ、お兄様方を頼りたくないんですの。個人的な問題だからこそ、自分ひとりで立ち向かいたいのですわ」



 クレアは自身を奮い立たせるように、胸の前で固く手を握った。



「この旅を終えれば、きっと強くなれると思いますわ」

「覚悟がいることだ。孤独だろうし、危険もある」



 ゲイリーは静かに立ち上がり、窓際へと歩み寄った。クレアは彼の背中を見つめ、切実に訴えかける。



「ロティーがいてくれますわ。お兄様方が一緒にいてくだされば、心強いのはわかっています。でもそれでは私は、後ろに付いていくことしかできません。自分では何も見つけられないのです」



 ゲイリーはゆっくりと振り返り、短い沈黙の後で深くうなずく。



「……わかったよ。ただし馬車の手配はこちらでする。ボディーガードになるような、屈強な御者も選んでおこう」



 クレアはゲイリーに抱きつき、心からの礼を言った。



「ありがとうございます、お父様」
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