末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました

第四章 クレアの過去②

「それでは、行って参ります」



 クレアが頭を下げると、ゲイリーや兄達が代わる代わる彼女を抱きしめてくれる。



「気をつけて」「どうか元気で」「必ず帰ってきてね」



 ただひとりブレットだけは腕を組み、不機嫌そうにあらぬ方を向いている。



「ちょっとブレット兄様、いつまでそうして膨れてるつもり?」



 セシルが呆れたように言い、ブレットは憤慨する。



「膨れてなどいない! クレアのひとり旅を許すなんて、皆がどうかしてるんだ。もしクレアの身に何かあったらどうする!」

「もう、それは何度も話し合ったでしょ?」

「そうだぞ、ブレット。クレアの意志を尊重しようと決めたじゃないか」



 アイザックが言い聞かせ、ブレットは唇を噛んだ。



「心配するのはわかる。俺だって気持ちは同じだ。でもクレアが自分で決めたことを、応援してやりたいと思うんだよ」



 旅の話をしたとき、真っ先に支持してくれたのはアイザックだった。内心では複雑な思いを抱えていただろうに、クレアの背中を押してくれた。



 アイザックはただクレアを慈しむだけでなく、彼女の意志をも守ろうとしてくれている。彼女の全てを大きな愛で包み込んでくれるのだ。



 クレアはアイザックに感謝しながら、ブレットに歩み寄った。



「ブレット兄様、ワガママを言って申し訳ありません。ひと回りもふた回りも強くなって戻ってきますから、どうかお許しください」



 ブレットはクレアを強く抱きしめ、絞り出すように言った。



「絶対だからな。約束だぞ」



 その言葉に応えるように、クレアはブレットの背中に腕を回した。



「はい、ブレット兄様」



 クレアを見送る皆の姿が見えなくなってから、クレアはロティーをそっと抱きしめた。自分で決めたことではあるが、やはり心細さはある。



「ご安心ください。必ず無事に送り届けさせていただきます」



 ゲイリーが選んだ御者が振り向かずに言った。その太い腕と大きな頼もしい背中は、クレアに安心感を与えてくれる。



「ありがとう。よろしくお願いしますわ」



 御者は無言で手綱を握り、馬は黙々と丘を超え森をすすんだ。

 時折川辺で休憩を挟みながら、辿り着いたのはとある村だ。目的地まで三日はかかるので、今日は御者と共にここで宿を取ることにする。



 裕福な村ではないらしく、どこもかしこもガタが来ている。きっと修理する金も人材も不足しているのだろう。

 それでも精一杯のもてなしをしようという気持ちは感じられ、クレアは丁寧に礼を言った。



「美味しいお食事でしたわ」

「いえいえ、粗末なものばかりで……。何しろこんな寂れた村ですのでねぇ」



 宿の女将は申し訳なさそうに言い、静寂に包まれた窓の外を見た。明かりと言えば月光だけで、木々のざわめきしか聞こえない。



「この村も昔は栄えていたんですよ。地形に特徴があるので、珍しい動物も多くてね。見物客や旅人も多くて、宿屋も繁盛しましたし、遅くまで酒場が賑わっていたものです」

「最近はそうでもないのですか?」



 女将が頬に手を添えて、苦悶するような顔をした。



「便利な通商路ができたこともありますけど、結構な数の動物がいなくなってしまったんですよ」



 クレアは眉をひそめ、静かに尋ねた。



「何か、あったのですか?」

「密猟団ですよ。動物を攫って、見世物にするんです」



 そう言えば、以前ブレットが闇オークションの話をしていた。

 悪徳貴族が裏で密猟団を組織しているとか……。



「乱獲のせいで、生態系のバランスも壊れてしまったんでしょうね。密猟の過程で森林伐採や土壌破壊も進んで、環境も悪化しているんです」



「なんて酷い」



「世の中には悪辣な連中が大勢いますからね。お嬢さんも気をつけた方が良いですよ。その可愛らしいお猿さんも、危ないかもしれません」



 女将が親身になって忠告してくれるのは伝わったが、クレアの背筋は寒くなった。ひとりで旅をする孤独と恐怖を、身を以て感じたのだ。



「ありがとうございます、十分に注意しますわ」



 クレアはロティーの頭を優しく撫で、どんなことがあっても、この子は守らなければと心に誓ったのだった。



 翌朝村を発ち、旅を続けた一行は、クレアの心配をよそに何事もなく目的地に到着した。



 母親の故郷はオークレントほど豊かで活気があるわけではないが、のどかで牧歌的な、雰囲気のよい街だった。



「ここがお母様の故郷なのね」



 クレアは馬車を降り、御者に頼んでひとりで街を歩いた。愛着や懐かしさを感じることはないだろうと思っていたが、不思議と気持ちが安らぐ。



 何か本能に訴えかけるようなものがあるのだろうか?



 クレアが周囲を見渡しながら、ゆっくりと歩いていると、不躾に彼女の腕を掴んだ者がいた。振り返ると背が高く、痩せぎすの女性が目を見開いている。

 元は美しかったのかも知れないが、苦労や困窮が深い皺となって彫り込まれ、肌も岩のようにザラついている。



「ローラ! ローラなの?」



 母親の名前を呼んだ女性を見て、クレアは目を瞬かせた。

 クレアはそれほど母親に似ているのだろうか。彼女が戸惑っていると、女性はその若さを訝しんだのか、すぐに手を離して謝罪する。



「あ、ごめんなさい、その、知り合いに良く似ていたものだから」

「ローラとは、ローラ・ヒューズのことですか?」



 クレアの質問に女性はハッとして、口元に手をやった。



「もしかして、あなた」

「私はクレア・エドワーズと言って、ローラの娘です。母をご存知なのですか?」



 女性の顔に笑みが広がり、力強く答えた。



「えぇ、私はサマンサ・グレイヴズ。ローラの友達よ」
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