末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました
第四章 クレアの過去④
月の淡い光が窓から差し込み、静寂が部屋を包んでいる。
クレアとロティーは固いベッドの上で、寄り添って眠っていた。ロティーが呼吸するたび、小さな身体が上下にゆっくりと動き、その温もりに安らぎを感じる。
しかし、穏やかな時間は唐突に破られた。
薄闇の奥で、何かが動く気配がする。まだ夢と現実の狭間にいながら、クレアが微かに目を開けると、ふたつの黒い影がぼんやりとした視界に浮かび上がった。
声を上げる前に、クレアは猿ぐつわを噛まされる。
わけがわからず、身体が硬直して動けない。恐怖がクレアの全身を縛りつける中、ロティーが不安そうに身じろぎをした。
男は乱暴にロティーを掴み、持参した籠に入れようとするが、ロティーはクレアから離れようとしない。ロティーの大きく澄んだ瞳には、混乱と怯えが映るばかりだ。
「チッ」
男は諦めたのか、縛り上げたクレアごとロティーを抱え上げようとする。
「……っ、……!」
クレアは必死で助けを呼ぼうとするが、声が出ない。彼女はとっさにブレット特製の香水瓶を掴んだものの、なすがままになっているしかなかった。
あまりに手際が良く、行き当たりばったりの犯行とは思えない。何しろロティーを捕らえるための籠まで準備するほどの、用意周到さなのだから。
クレアは恐怖に震えながらも、旅の道中で聞いた密猟団の話を思い出していた。
目的はロティー、なのだろう。
アイザックは遠方から取り寄せたと言っていたし、それほど珍しいサルであれば、見世物にだってなるはずだ。
これまで気づかなかったけれど、ずっと付け狙われていたのかもしれない。
サマンサの家は宿と違って警備はおらず、御者とも寝所は離ればなれ。ロティーを捕まえるなら、格好の機会だったと言える。
暗闇の街を抜けアジトに向かう間、クレアは一縷の望みをかけ、香水を少しずつ垂らしていた。もしかしたら誰かが気づいて、助けに来てくれるかもしれない。
しかし香水はすぐになくなってしまった。夜が明ければ、この香りも消えてしまうだろう。
クレアは絶望的な気持ちになったが、祈りを込めて空の瓶をこっそり茂みに投げ込んだ。
ようやく解放された場所は、仄明るい洞窟の中だった。湿った空気が肌にまとわりつき、壁から滴る水の音が不気味に響いている。
クレアは拘束を解かれ、鈍く痛む腕をさすりながら、周囲を見渡した。やはり彼女たちを攫ったのは密猟団らしく、何匹もの動物が籠の中に捕らえられている。
ロティーを含め、皆心細げにクレアを見つめており、胸が締め付けられるようだ。
「この女が飼い主か?」
何人かの男達が洞窟の奥で焚き火を囲む中、ひとりの男が近づいてきた。クレアの顎を掴み、睨め回すように見つめる。
密猟団の頭領だろうか?
粗末ながらも革鎧をまとい、顔は無精ひげに覆われている。その鋭い目つきと立ち居振る舞いから、いかにも手練れの者だという印象を受けた。
「へぇ。今もサルは離れようとしねーでしょ」
「器量は、悪くないな……。猿回しでもさせるか」
品定めするような頭領の言葉に、クレアの身体は強張る。
どうにか視線だけロティーに向けると、怯えながらも何かを訴えかけている。その無垢な瞳には信頼の輝きがあり、彼女の心に勇気の火がともった。
そうだ、独りじゃない。ロティーを守らなければ。
クレアは気持ちを奮い立たせ、落ち着いて頭領の手を払いのけた。
「あなた方は、密猟団ですか?」
頭領は凜としたクレアの声を聞き、少々驚いたようだった。彼は面白そうな顔をして、素直に答えてくれる。
「あぁそうだ。世間には奇妙な趣味の金持ちがたくさんいてね。珍しい動物に芸をさせたり、コレクションしたりしてるんだ。お前のサルもそれに加わることになるだろうな」
「私たちを付け狙っていたのですか?」
「いや、たれ込みがあったんだよ。珍しいサルがいるってな。飼い主によく懐いているから、一緒に攫えとアドバイス付きだった」
不適な笑みを向けられ、クレアの心臓が凍りついた。
まさか、サマンサだろうか?
そんな、クレアやロティーを売るほど困窮していたなんて……。
「おやおや、静かになったな」
酒瓶を握りしめた別の男が、クレアに歩み寄ってきた。
「世間はあんたが思ってるより、厳しーもんさ。なんなら俺たちが、手取り足取り教えてやろーか」
ウキウキとした明るい男の声は、クレアの尊厳すら踏みにじるかのようだ。彼の目には哀れみの欠片もなく、薄汚い欲望が宿っている。
「なぁ、皆?」
男達の目はその提案に賛同するかのように、怪しくギラついている。
皆クレアの絶望を見て、楽しんでいるかのようだった。彼女は震える唇を噛みしめ、言葉を飲み込む。
「ハハハ、心配すんな。こう見えて、俺たちゃ紳士なんだ。人身売買は専門外だよ」
男達が下品な笑い声を上げ、洞窟の中で反響する。
強張ったクレアの身体はほんの少し緩んだけれど、胸が押し潰されそうな恐怖は変わらなかった。
逃げ道はなく、助けも期待できない。
自分の力だけで、この状況を切り抜けなければいけないのだ。
何か、何かないのだろうか?
考えれば考えるほど、何も思い浮かばない。
アイザックのように戦うことも、ブレットのように知略で切り抜けることも、セシルのように音楽で魅了することも、クレアにはできないのだ。
もう奇跡に縋るくらいしか、と思い詰めていたクレアの指先に、胸元のペンダントが触れた。王家の紋章が刻まれた、あのペンダントが――。
クレアとロティーは固いベッドの上で、寄り添って眠っていた。ロティーが呼吸するたび、小さな身体が上下にゆっくりと動き、その温もりに安らぎを感じる。
しかし、穏やかな時間は唐突に破られた。
薄闇の奥で、何かが動く気配がする。まだ夢と現実の狭間にいながら、クレアが微かに目を開けると、ふたつの黒い影がぼんやりとした視界に浮かび上がった。
声を上げる前に、クレアは猿ぐつわを噛まされる。
わけがわからず、身体が硬直して動けない。恐怖がクレアの全身を縛りつける中、ロティーが不安そうに身じろぎをした。
男は乱暴にロティーを掴み、持参した籠に入れようとするが、ロティーはクレアから離れようとしない。ロティーの大きく澄んだ瞳には、混乱と怯えが映るばかりだ。
「チッ」
男は諦めたのか、縛り上げたクレアごとロティーを抱え上げようとする。
「……っ、……!」
クレアは必死で助けを呼ぼうとするが、声が出ない。彼女はとっさにブレット特製の香水瓶を掴んだものの、なすがままになっているしかなかった。
あまりに手際が良く、行き当たりばったりの犯行とは思えない。何しろロティーを捕らえるための籠まで準備するほどの、用意周到さなのだから。
クレアは恐怖に震えながらも、旅の道中で聞いた密猟団の話を思い出していた。
目的はロティー、なのだろう。
アイザックは遠方から取り寄せたと言っていたし、それほど珍しいサルであれば、見世物にだってなるはずだ。
これまで気づかなかったけれど、ずっと付け狙われていたのかもしれない。
サマンサの家は宿と違って警備はおらず、御者とも寝所は離ればなれ。ロティーを捕まえるなら、格好の機会だったと言える。
暗闇の街を抜けアジトに向かう間、クレアは一縷の望みをかけ、香水を少しずつ垂らしていた。もしかしたら誰かが気づいて、助けに来てくれるかもしれない。
しかし香水はすぐになくなってしまった。夜が明ければ、この香りも消えてしまうだろう。
クレアは絶望的な気持ちになったが、祈りを込めて空の瓶をこっそり茂みに投げ込んだ。
ようやく解放された場所は、仄明るい洞窟の中だった。湿った空気が肌にまとわりつき、壁から滴る水の音が不気味に響いている。
クレアは拘束を解かれ、鈍く痛む腕をさすりながら、周囲を見渡した。やはり彼女たちを攫ったのは密猟団らしく、何匹もの動物が籠の中に捕らえられている。
ロティーを含め、皆心細げにクレアを見つめており、胸が締め付けられるようだ。
「この女が飼い主か?」
何人かの男達が洞窟の奥で焚き火を囲む中、ひとりの男が近づいてきた。クレアの顎を掴み、睨め回すように見つめる。
密猟団の頭領だろうか?
粗末ながらも革鎧をまとい、顔は無精ひげに覆われている。その鋭い目つきと立ち居振る舞いから、いかにも手練れの者だという印象を受けた。
「へぇ。今もサルは離れようとしねーでしょ」
「器量は、悪くないな……。猿回しでもさせるか」
品定めするような頭領の言葉に、クレアの身体は強張る。
どうにか視線だけロティーに向けると、怯えながらも何かを訴えかけている。その無垢な瞳には信頼の輝きがあり、彼女の心に勇気の火がともった。
そうだ、独りじゃない。ロティーを守らなければ。
クレアは気持ちを奮い立たせ、落ち着いて頭領の手を払いのけた。
「あなた方は、密猟団ですか?」
頭領は凜としたクレアの声を聞き、少々驚いたようだった。彼は面白そうな顔をして、素直に答えてくれる。
「あぁそうだ。世間には奇妙な趣味の金持ちがたくさんいてね。珍しい動物に芸をさせたり、コレクションしたりしてるんだ。お前のサルもそれに加わることになるだろうな」
「私たちを付け狙っていたのですか?」
「いや、たれ込みがあったんだよ。珍しいサルがいるってな。飼い主によく懐いているから、一緒に攫えとアドバイス付きだった」
不適な笑みを向けられ、クレアの心臓が凍りついた。
まさか、サマンサだろうか?
そんな、クレアやロティーを売るほど困窮していたなんて……。
「おやおや、静かになったな」
酒瓶を握りしめた別の男が、クレアに歩み寄ってきた。
「世間はあんたが思ってるより、厳しーもんさ。なんなら俺たちが、手取り足取り教えてやろーか」
ウキウキとした明るい男の声は、クレアの尊厳すら踏みにじるかのようだ。彼の目には哀れみの欠片もなく、薄汚い欲望が宿っている。
「なぁ、皆?」
男達の目はその提案に賛同するかのように、怪しくギラついている。
皆クレアの絶望を見て、楽しんでいるかのようだった。彼女は震える唇を噛みしめ、言葉を飲み込む。
「ハハハ、心配すんな。こう見えて、俺たちゃ紳士なんだ。人身売買は専門外だよ」
男達が下品な笑い声を上げ、洞窟の中で反響する。
強張ったクレアの身体はほんの少し緩んだけれど、胸が押し潰されそうな恐怖は変わらなかった。
逃げ道はなく、助けも期待できない。
自分の力だけで、この状況を切り抜けなければいけないのだ。
何か、何かないのだろうか?
考えれば考えるほど、何も思い浮かばない。
アイザックのように戦うことも、ブレットのように知略で切り抜けることも、セシルのように音楽で魅了することも、クレアにはできないのだ。
もう奇跡に縋るくらいしか、と思い詰めていたクレアの指先に、胸元のペンダントが触れた。王家の紋章が刻まれた、あのペンダントが――。