末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました
第四章 クレアの過去⑤
クレアはペンダントをはずすと、頭領の眼前に堂々と掲げた。
「控えなさい。私を誰だと思っているの?」
ペンダントは焚き火の光を浴びてきらめき、頭領の目が大きく見開いた。
「まさか……。王家の」
「そう。私は前国王陛下の娘です」
普段のクレアとは違う、威厳を備えた話し方。
兄達がいれば芝居がかっていると感じただろうが、自分を王女だと思い込むくらいでないと、頭領と交渉などできない。
「訳あって、これまで公になっていなかっただけで、私は王家の血を引いているのですよ」
「そんな戯言、信用できるか」
頭領は疑念を口にするが、その瞳はペンダントから離れない。
背後で火を囲んでいた連中は、ひそひそと何事か話していたが、そのうちのひとりが声を上げた。クレアを攫った男だ。
「案外、嘘じゃねーかもしれませんぜ」
男は浮き足だった様子で続ける。
「王家の血を引く人間って、変わった声を持ってるんでしょ? 妙に動物を引き付けるのも、その特殊な音域のせいなんじゃねーですか」
「ふん」
頭領は鼻で笑ったが、ペンダントを見つめる彼の表情に興奮が滲んでいる。
「もし本当なら……これはとんだ拾い物かもしれんな」
クレアは状況が好転しつつあるのを感じながら口を開いた。
「私を無事帰し、動物たちを解放すると言うなら、悪いようにはしません。これまでの悪事は不問にするよう、陛下に進言しましょう」
今のクレアは国王にもの申せるような立場ではない。しかし目の前の男達には、それを信用させねばならないのだ。
「わかったら今すぐ」
「予定変更だ。明日は王家の谷に行く」
頭領はクレアの提案など無視し、振り返って仲間に声を掛けた。男達の間にざわめきが広がり、困惑しているのが伝わってくる。
「王家の谷?」
「ほらあの、歴代の王が埋葬されているとか言う」
「あぁ、あそこか」
騒ぐ男達を制し、頭領が言った。
「王の墓には、遺体と一緒に財宝が埋葬されてる。それが手に入れば、密猟団なんてケチな商売から足を洗えるぞ」
「しかし挑んだ連中は、ことごとく失敗したと聞きますけど」
「そーですよ。鉄壁の扉が侵入者を拒んでるんでしょ?」
「この女がいれば、可能なんだよ。墓への扉は、王族の声で開くんだ」
一同に衝撃が走った。それはクレアも同じで、どうして頭領はそんなことを知っているのだろうと、疑問に思う。
「もしデタラメだったら、ただじゃおかねぇからな」
頭領に睨まれ、クレアの背筋に冷たい汗が落ちた。
自分の血筋について、彼女に確証はない。何しろ先日判明したばかりなのだ。
それでも今は、利用できるものは全て利用するしかない。この状況を切り抜けられる可能性は、他に残されていないのだ。
「えぇ、わかりましたわ」
まだ薄暗い空に白い月が見える朝。
頭領は出発の準備をさせた。同行者はクレアの他に、彼が選び抜いた男がふたり。大勢で向かって、目立つことを恐れたのだろう。
ロティーは置いていくのは心細かったが、王家の谷までは数日かかる。
道中で危険に晒したくはないし、この洞窟には他にも動物たちがいる。きっとクレアが戻るまで危害を加えられることはないはずだ。
ロティーの代わりになってくれたのは、あのペンダントだった。その感触がクレアに勇気と冷静さをもたらしてくれる。
四人が静かな山道を進む中、クレアは頭領の背中を見つめていた。
その毅然とした歩みには、密猟団の頭領にしては異様な風格があった。どこか誇りの残滓のようなものが彼の後ろ姿には漂っている。
「そーいや、なんで頭領は王家のことに、あんな詳しいんだ?」
後ろを歩く男のひとりが、もうひとりに尋ねた。
「なんだお前、知らねーのか? 頭領は昔、騎士団長だったんだぜ」
男がささやき声で答え、クレアは驚いて声を上げそうになる。そんな人物がどうして、密猟団の頭領などしているのだろう。
「本当か? なんで辞めちまったんだ?」
「詳しいことは知らねーよ。どっかの侯爵家と揉めて、騎士団を追われたらしーぜ。そっから流れ者になったって話だ」
クレアはふたりの会話を聞きながら、改めて頭領について考えていた。
かつては正義を信じて戦う、王家の忠実な臣下だったなら、再びその心を取り戻させることができるかもしれない。
目の前の頭領は悲しいほどに堕落し、過去の栄光は消え去っている。しかし彼の背中はまだ、悪に染まりきってはいないように思えるのだ。
「おい、無駄話はそのへんでやめておけ」
頭領に注意されて、男達は黙った。
「あなたは本当に、騎士団長だったのですか?」
クレアが意を決して声を掛けると、頭領が振り返った。鋭い眼差しを彼女に向け、思いの外あっさりと答える。
「そうだ」
クレアがさらに問いかけようとすると、頭領は彼女の襟首を掴む。
「これ以上は聞くな。今の俺は密猟団の頭領、それだけだ」
過去なんてどうでもいい。そう言いたげだった。
クレアが黙ってうなずくと、頭領は手を離してくれた。彼女は咳き込むが、彼はどんどん先に歩を進める。
「つまんねーこと、聞くんじゃねぇよ。殺されてぇのか?」
男のひとりがクレアにささやいた。彼女はそれには答えず、再び頭領の後を追って、歩き始めたのだった。
「控えなさい。私を誰だと思っているの?」
ペンダントは焚き火の光を浴びてきらめき、頭領の目が大きく見開いた。
「まさか……。王家の」
「そう。私は前国王陛下の娘です」
普段のクレアとは違う、威厳を備えた話し方。
兄達がいれば芝居がかっていると感じただろうが、自分を王女だと思い込むくらいでないと、頭領と交渉などできない。
「訳あって、これまで公になっていなかっただけで、私は王家の血を引いているのですよ」
「そんな戯言、信用できるか」
頭領は疑念を口にするが、その瞳はペンダントから離れない。
背後で火を囲んでいた連中は、ひそひそと何事か話していたが、そのうちのひとりが声を上げた。クレアを攫った男だ。
「案外、嘘じゃねーかもしれませんぜ」
男は浮き足だった様子で続ける。
「王家の血を引く人間って、変わった声を持ってるんでしょ? 妙に動物を引き付けるのも、その特殊な音域のせいなんじゃねーですか」
「ふん」
頭領は鼻で笑ったが、ペンダントを見つめる彼の表情に興奮が滲んでいる。
「もし本当なら……これはとんだ拾い物かもしれんな」
クレアは状況が好転しつつあるのを感じながら口を開いた。
「私を無事帰し、動物たちを解放すると言うなら、悪いようにはしません。これまでの悪事は不問にするよう、陛下に進言しましょう」
今のクレアは国王にもの申せるような立場ではない。しかし目の前の男達には、それを信用させねばならないのだ。
「わかったら今すぐ」
「予定変更だ。明日は王家の谷に行く」
頭領はクレアの提案など無視し、振り返って仲間に声を掛けた。男達の間にざわめきが広がり、困惑しているのが伝わってくる。
「王家の谷?」
「ほらあの、歴代の王が埋葬されているとか言う」
「あぁ、あそこか」
騒ぐ男達を制し、頭領が言った。
「王の墓には、遺体と一緒に財宝が埋葬されてる。それが手に入れば、密猟団なんてケチな商売から足を洗えるぞ」
「しかし挑んだ連中は、ことごとく失敗したと聞きますけど」
「そーですよ。鉄壁の扉が侵入者を拒んでるんでしょ?」
「この女がいれば、可能なんだよ。墓への扉は、王族の声で開くんだ」
一同に衝撃が走った。それはクレアも同じで、どうして頭領はそんなことを知っているのだろうと、疑問に思う。
「もしデタラメだったら、ただじゃおかねぇからな」
頭領に睨まれ、クレアの背筋に冷たい汗が落ちた。
自分の血筋について、彼女に確証はない。何しろ先日判明したばかりなのだ。
それでも今は、利用できるものは全て利用するしかない。この状況を切り抜けられる可能性は、他に残されていないのだ。
「えぇ、わかりましたわ」
まだ薄暗い空に白い月が見える朝。
頭領は出発の準備をさせた。同行者はクレアの他に、彼が選び抜いた男がふたり。大勢で向かって、目立つことを恐れたのだろう。
ロティーは置いていくのは心細かったが、王家の谷までは数日かかる。
道中で危険に晒したくはないし、この洞窟には他にも動物たちがいる。きっとクレアが戻るまで危害を加えられることはないはずだ。
ロティーの代わりになってくれたのは、あのペンダントだった。その感触がクレアに勇気と冷静さをもたらしてくれる。
四人が静かな山道を進む中、クレアは頭領の背中を見つめていた。
その毅然とした歩みには、密猟団の頭領にしては異様な風格があった。どこか誇りの残滓のようなものが彼の後ろ姿には漂っている。
「そーいや、なんで頭領は王家のことに、あんな詳しいんだ?」
後ろを歩く男のひとりが、もうひとりに尋ねた。
「なんだお前、知らねーのか? 頭領は昔、騎士団長だったんだぜ」
男がささやき声で答え、クレアは驚いて声を上げそうになる。そんな人物がどうして、密猟団の頭領などしているのだろう。
「本当か? なんで辞めちまったんだ?」
「詳しいことは知らねーよ。どっかの侯爵家と揉めて、騎士団を追われたらしーぜ。そっから流れ者になったって話だ」
クレアはふたりの会話を聞きながら、改めて頭領について考えていた。
かつては正義を信じて戦う、王家の忠実な臣下だったなら、再びその心を取り戻させることができるかもしれない。
目の前の頭領は悲しいほどに堕落し、過去の栄光は消え去っている。しかし彼の背中はまだ、悪に染まりきってはいないように思えるのだ。
「おい、無駄話はそのへんでやめておけ」
頭領に注意されて、男達は黙った。
「あなたは本当に、騎士団長だったのですか?」
クレアが意を決して声を掛けると、頭領が振り返った。鋭い眼差しを彼女に向け、思いの外あっさりと答える。
「そうだ」
クレアがさらに問いかけようとすると、頭領は彼女の襟首を掴む。
「これ以上は聞くな。今の俺は密猟団の頭領、それだけだ」
過去なんてどうでもいい。そう言いたげだった。
クレアが黙ってうなずくと、頭領は手を離してくれた。彼女は咳き込むが、彼はどんどん先に歩を進める。
「つまんねーこと、聞くんじゃねぇよ。殺されてぇのか?」
男のひとりがクレアにささやいた。彼女はそれには答えず、再び頭領の後を追って、歩き始めたのだった。