末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました

第五章 バーバラの策略②

 親友――、クレアに?



 三人の兄達はそれぞれ顔を見合わせ、首をかしげた。クレアからそんな話は一度も聞いたことがなかったし、彼女は社交界から極力離れようとしていたからだ。



「失礼ですが、クレアとはどんな経緯で?」



 アイザックは多少警戒しながらも、バーバラに椅子を勧めた。彼女は堂々と腰掛け、ペラペラと話し始める。



「わたくし達は、王家主宰のパーティーで知り合ったのですわ。池で溺れていた子犬を一緒に助けた縁で仲良くなったんですの」



 本当だろうか?

 アイザックは腑に落ちないものを感じていたが、疑惑を口に出すこともできない。それはブレットやセシルも同じようだ。

 バーバラは疑われていることを感じてか、ハンドバッグから手紙を取り出した。



「こちらにはクレアとの、手紙のやり取りもありますわ」

「ちょっと拝借させてください」



 ブレットが手紙を受け取り、丹念に調べ始めた。クン……と便せんを嗅いだ彼は、観念したように手紙を返す。



「確かにクレアが書いたものですね。筆跡も間違いありません」

「ですから、そう申し上げていますでしょう?」



 バーバラは気分を悪くした風でもなく、得意げな様子で答えた。



「それで、クレアはどこに?」

「申し訳ありませんが、クレアは不在なのですよ」



 アイザックが答えると、バーバラは大げさに驚いて見せた。



「まぁ、どうしてですの?」

「今はひとり、旅に出ているんです」



 バーバラはハッとした顔をして、哀しげな表情でうつむく。それが計算されたものだとしたら、あまりに巧妙だと思えるほどだ。



「やっぱり……」

「どういうことです?」



 アイザックが尋ねると、バーバラは目に涙を浮かべんばかりにして言った。



「クレアは何か、悩んでいたようですの。最近は手紙の返事も素っ気なくて……。あまりに心配になって、こうしてお訪ねすることにしたんですのよ」

「悩んでいる?」



 三人の胸にざわつきが広がった。クレアのことを何も知らないはずの他人が、まるで彼女の内面を知り尽くしているかのように話したからだ。



「クレアが何に悩んでいたか、あなたはご存知なのですか?」



 疑念はあったが、クレアが本当に悩んでいた可能性はある。アイザックがバーバラに尋ねると、彼女は言いよどんだ。



「……お聞きにならないほうが良いと思いますわ」

「どうして」

「わたくし、クレアのお兄様方を傷つけたくはありませんの」



 まるで仕組まれた罠に落ちていくようだった。バーバラへの猜疑心よりも、クレアへの心配が大きくなっていく。



「聞かせてくれ。クレアが苦しんでいたなら、俺達は知るべきだ」



 バーバラはまだ迷っているようだったが、意を決したように口を開いた。



「クレアはお兄様方に、依存してしまっているのを悩んでいたのですわ」

「依存? むしろ俺達のほうが」

「全くです。今だってクレアのいない生活に耐えられず、迎えに行こうとしていたんですから」



 セシルもうんうんとうなずくが、バーバラは静かに言った。



「クレアは自己肯定感が低すぎるのですわ」

「それは……、確かにそんなところがあったが」



 いつも控えめで、自信なさげだったクレア。改めてバーバラに言われると、真実かのように思われてくる。



「お兄様方に迷惑を掛けているのではと、クレアはいつも零していましたの。きっと精神的に自立したかったのでしょうね」



 バーバラの巧みな話術によって、新たなクレア像がすり込まれていく。まるで彼女の語るクレアが、家族すら知らない本当の姿だと言わんばかりだ。



「お兄様方の深すぎる愛が、クレアを苦しめていたのかもしれませんわ」



 思いも掛けない言葉が、アイザックの胸をグサリと貫いた。彼はため息をつき、バーバラに向かって力なくつぶやく。



「全く気づかなかったよ。そんなに悩んでいたなんて……」

「お兄様方は、何も悪くありません。クレアはきっと、ただ強くなりたかっただけだと思いますわ」



 落ち込むアイザックを見て、バーバラはとりわけ優しい声で続ける。



「この旅はきっと、クレアにとって必要なものなのでしょう。もしお兄様方さえよろしければ、クレアの不在をわたくしがフォローさせていただきますわ」

「いや、そんなことをさせるわけには」

「いいんですの。クレアはきっと残していったお兄様方のことを、気に掛けています。彼女の懸念を少しでも払拭できるなら、こんなに嬉しいことはありませんわ」



 バーバラはゆっくりと立ち上がり、アイザックに手を差し出した。一抹の不安を感じつつも、その手を取ろうとしたところで、ブレットが言った。



「もし本当にクレアが悩んでいたなら、手紙ででも相談しそうなものですが?」



 完全に勝利の色が宿っていたバーバラの顔が、ほんの一瞬憎々しげに歪んだ。しかし彼女はすぐに気を取り直して、先ほどとは違う手紙を取り出す。



「もちろん相談の手紙もありますわ」



 一見すれば便せんも同じで、筆跡も変わらない。しかしブレットはその手紙を受け取り、先ほど同様便せんを嗅いだ途端冷たく言い放った。



「この女は、嘘をついています」
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