末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました

第五章 バーバラの策略④

「きゃああぁあぁ」



 バーバラが叫び声を上げて、身体を縮こませた。アイザックはさっとジャックを抱き上げ、彼女に侮蔑の瞳を向ける。



「ジャックは大人しい犬だ。そんなに怯えるということは、さぞかし恨みを買うようなことをしたのだろうね?」



 バーバラはついに観念したらしかった。ゆらりと立ち上がり、その顔には冷酷な笑みが浮かび上がる。まるで舞台を降りた女優が、その仮面を脱ぎ捨てたみたいだ。



「全て、手遅れですわ」



 バーバラの変化に、皆背筋を寒くした。アイザックは掠れた声で尋ねる。



「どういう、意味だ……?」



 バーバラはもう隠すつもりはないようだ。完全に開き直って答える。



「今頃クレアは、下賤の男達に蹂躙されているでしょうよ」



 誰も言葉を発しなかった。

 バーバラの言ったことの意味を理解するのに、とてつもなく時間がかかっていたからだ。耳には届いていても、心が拒絶して受け入れられないのだ。



「わたくし、ずっと待っていましたの。クレアがオークレントを出て、ひとりになる瞬間を。忠実なるわたくしの部下は、速やかに計画を実行したはずですわ」



 アイザックの心臓が早鐘のように打ち始めた。頭の中でクレアの顔が浮かんでは消え、その姿が恐怖と絶望に染まるイメージがよぎる。



 クレアが蹂躙――?



 想像を絶する苦痛が、アイザックの心を切り刻む。



「嘘だっ」



 アイザックが力を振り絞って叫ぶが、バーバラは優越感に浸ったまま冷笑する。



「お気の毒に、そう思いたいのでしょうね?」



 バーバラは哀れみを込めて、言葉を重ねた。



「申し訳ありませんが、事実ですのよ。クレアも馬鹿ですわ。さっさとわたくしをオークレントに招待して、お兄様方に引き合わせておけば、こんなことになりはしなかったのに」

「まさか、そんなことのために?」



 あまりにも馬鹿馬鹿しくて、アイザックは軽蔑したように吐き捨てる。バーバラは看過できないとばかりに憤慨した。



「そんなこと、ですって?」



 バーバラは怒りも露わに捲し立てる。



「外見が整った男性と結婚することは、全てに優先されますわ。周囲の注目を集められ、私自身妻として誇りに思えます。美意識も高まるでしょうし、より愛情も深まりますわ」

「くだらない」



 アイザックは一蹴し、真っ直ぐバーバラを睨み付ける。



「時が経てば、容姿の変化は避けられない。老いて外見が衰えたら、君は離婚するのか? 他人からの羨望や承認を得なければ幸せになれないなんて、気の毒な人だな」



 バーバラは鼻で笑い、醜い形相で反論する。



「何を言おうと、美しさに勝るものはありませんわ。生まれてくる子どもにも、その美しさが遺伝するのですよ? 魅力的な外見は、子の選択肢を増やし、成功に繋がりますわ」

「子を成長させる要因が、親の外見だけなわけがないだろう」



 アイザックはバーバラの意見を、バッサリと切って捨てた。



「人間の魅力とはもっと多面的なものだ。知性、ユーモア、誠実さ……、様々な要素が絡み合って、個性が形成されていく。外見だけを殊更に重視していては、健全な親子関係など築けるはずがない」



 バーバラはやれやれとため息をついた。

 悔し紛れに見えたが、突然勝ち誇ったように笑い出す。



「ホホホ、幾らでもわたくしを蔑めばいいのですわ。どうせあなた方の大事な、汚れなき無垢なクレアは、この世のどこにもいないのですから」



 その高らかな笑い声が、皆の心を深く抉る。

 クレアが今どんな苦しみを受けているのか、想像もできない。想像もしたくない。

 ただそれが今後エドワーズ家に陰を落とし、破滅へと向かわせるように思われた。絶望的な未来が重くのしかかり、誰もひと言も声が出せない。



「汚されきったクレアの顔を、ぜひ拝みに行きたいものですわね」

「あのクレアが、そんな簡単に汚れるものか」



 うつむいていたアイザックが、顔を上げてキッパリと言った。



「身体など精神の器に過ぎない。クレアの美しい心は、たとえ蹂躙されようとも、決して変わりはしないよ。そうだろう?」



 悲壮な敗北感に覆われていたブレットとセシルは、ハッとしてうなずく。



「アイザック兄様の言うとおりです」

「そうだよ。ボク達のクレアが、その程度のことで心折れるはずがない」



 希望を取り戻したふたりの目は輝いている。力が湧き上がり、今にもクレアを助け出そうと、部屋を飛び出しそうだ。



 バーバラにとっては予期しない流れだったのだろう。困惑というよりも焦燥に飲まれ、舌がもつれるほどの早口で捲し立てる。



「何を馬鹿な。一度肉体を汚された女が、立ち直れるはずありませんわ。どれほど悔やんでも、手の施しようがないのです。もう後は闇に墜ちるしか」

「どうしてわかる。君の経験談か?」



 研ぎ澄まされたアイザックのひと言が、バーバラの胸を鮮やかに突き刺した。彼女はまるで銃弾で撃ち抜かれたかのように、身体を折ってその場に崩れ落ちたのだった。
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