末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました

第五章 バーバラの策略⑤

 魂が抜けたようになったバーバラを残し、三人は大急ぎで身支度を調えて、早馬でクレアの足取りを追った。彼女の母親ローラの故郷まで、一睡もせずに馬を走らせる。



「クレア、クレア!」



 夜明け前に街まで辿り着くと、骨と皮ばかりの女性が青い顔をして叫んでいる。アイザックが馬を下り、真っ先に話しかけた。



「どうされました?」



 少々警戒していたアイザックだが、女性は藁にも縋るような表情で懇願する。



「あぁ、どうかお助けください! 大切な親友の娘さんが、消えてしまったんです。一緒にいたサルもいなくなっているから、密猟団に攫われてしまったのかも」



 女性はわなわなと震え、頭を抱えてしゃがみ込んだ。



「あぁどうしましょう。私がお泊めしたせいで……。ローラに顔向けできないわ」



 どうやらクレアは、母親の親友というこの女性と出会い、世話になっていたらしい。これほどまでに取り乱すくらいなのだから、きっと親切な女性なのだろう。



 きっとクレアはこの女性に出会い、良い時間を過ごしたに違いない。アイザックは感謝を込めて彼女に手を差し伸べ、安心させるように言った。



「大丈夫ですよ。我々はクレアの兄です。必ず助け出します」



 女性はアイザックの手を取ると、目を瞬かせた。



「クレアのお兄さん方、だったのですか……」

「はい。つきましては近くに密猟団が隠れていそうな場所を、お教えいただきたいのですが」



 ブレットが尋ねると、女性は思案するように呟いた。



「噂ですけど、北東にある山間の洞窟から、動物の声がした、とか」

「情報ありがとうございます。では、参りましょう」



 ブレットとアイザックは顔を見合わせ、セシルと共に北東の山間部へ向かう。

 途中突然ブレットが、馬の足を止めた。



「どうした、ブレット? 先を急がないと」



 アイザックが気ぜわしげに言うと、ブレットが目を閉じて言った。



「香水の匂いがする」

「え?」

「ごくわずかですが、これは僕が特別に作ったオレンジの香水です」



 ブレットは馬を下り、クンクと鼻をヒクつかせながら、茂みに分け入っていく。



「ちょっと、ブレット兄様! 犬じゃないんだから」



 セシルが笑いを堪えているが、ブレットは意に介さず、茂みをかき分けて何かを掴み上げた。



「見てください!」



 ブレットが手にしていたのは、香水瓶だった。



「これはクレアのものです。僕達に居所を知らせるために、香水を垂らすことを思いついたんでしょう。とっさの判断にしては素晴らしいですよ」



 胸を張るブレットを見て、セシルは手を叩く。



「クレアもだけど、ブレット兄様もすごいですよ」

「全くだ。よく匂いに気づいたな」



 アイザックにも賞賛され、ブレットは照れたように頭を掻く。 



「自分が作成したものですからね。量産品なら、わからなかったと思いますよ」



 方向が間違っていないことが判明し、三人は先を急いだ。途中からは足場が悪くなり、馬を置いてゴツゴツした岩の間を進む。



 しばらくすると、確かに動物の声が聞こえてきた。聞き馴染みのない、咆哮のようなものまで聞こえ、変わった動物を攫う密猟団のアジトという信憑性が出てくる。



 風に乗って、かすかな笑い声と酒の匂いも漂ってきた。三人は確信を持って歩みを進め、ついに朝日に照らされた洞窟に辿り着いた。



 入り口から中を窺うと、密猟団の連中が焚き火を囲んで座っている。周囲には捕らえてきたらしい動物たちが、檻に入れられていた。



「見て!」



 セシルが小声で指さした先には、ロティーがいた。

 しかし見える範囲にクレアはいない。そのせいかロティーもどこか悲しそうだ。



 アイザックは静かにナイフを抜くと、ひとりで洞窟の中に入っていった。

 一番入り口近くに座っていた男を、素速く羽交い締めにすると、喉元に刃の切っ先を突きつける。



「っ、ひぃ」

「そのサルと一緒にいた娘はどこだ?」

「お前、何者だ!」



 密猟団のひとりが立ち上がって、アイザックを睨みつけた。虚勢を張っているようで、その声はどこか弱々しい。



「早く答えろ。仲間がどうなっても良いのか?」



 アイザックが一歩、また一歩と密猟団に近づく。彼の気迫は凄まじく、皆じりじりと後ずさりするばかりだ。



「こ、こっちは何人もいるんだぞ。お前ひとりで何ができる?」

「俺にとっては足りないくらいだよ。お前たち全員が相手でも、な」



 低く迫力のある声が、洞窟内に響き渡った。アイザックの瞳には確かな覚悟が宿っており、その言葉が真実であることを物語っている。

 少しでも動けば切り裂かれる――。

 鋭く冷たい、息苦しいほどの緊張感が場を支配していた。



「王家の谷だ!」



 誰かが叫んだ。

 この緊迫した状況から、早く逃れたい。その一心だったのだろう。

 気持ちは皆同じだったらしく、皆諦めたようにペラペラと話し始める。



「副葬品を奪いに行ったんだよ」

「墓への扉は、王族の声で開くらしーから」

「盗掘か……」



 アイザックはつぶやき、男を解放して続けた。



「俺は必ずまた戻ってくる。動物たちを傷つけるんじゃないぞ」

「言われなくても、わかってるさ」



 悔しそうに言う男は、妙に素直だった。アイザックとの格の違いを見せられ、刃向かう気も失せてしまったのだろう。



「さすがアイザック兄様!」

「すごかったです」



 セシルとブレットから敬意に満ちた瞳を向けられたアイザックは、もういつもの彼だった。穏やかに優しく微笑み、ふたりの肩を叩く。



「さぁクレアの元に急ごう」
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