末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました

第五章 バーバラの策略⑦

 ロティーを救い出したクレア達は、密猟団の後始末をグレゴリーに任せて、エドワーズ家のお屋敷に戻ってきた。もちろんヒースコート家の下男も一緒だ。



「クレア……っ!」



地下牢に捕らえられていたバーバラは、喉の奥から憎々しげに吐息を漏らし、こちらを睨み付けている。その瞳は屈辱に濡れ、悔しさが胸を締め付けているようだ。



「お久しぶりです、バーバラ」

「その様子では、わたくしの計画は失敗したようね?」

「危ういところでしたわ。アイザック兄様が来てくださらなければ、この男に犯されるところでしたから」



 クレアが縛り上げられた下男に視線を送ると、バーバラは穢らわしいものでも見るような顔をして吐き捨てた。



「役に立たない男ね」

「っうぅ」



 下男は猿轡を噛まされたまま、はらはらと涙を零した。心からの悲しみが伝わってきて、クレアは恐る恐る問いかける。



「バーバラ、あなたはこの男と」

「えぇ、寝ましたわ。それがヒースコート家の人心掌握術ですの。身体を重ねることで、強固な忠誠心を育て、絶対服従させるのですわ」



 平然と答えるバーバラだったが、心の中には闇が巣くっていた。ジワジワと広がる黒い染みに身を染め、自らの行為を正当化しているのだろう。



「それはバーバラが望んだことですの?」



 クレアの問いに、バーバラの顔が醜く歪んだ。



「何を、おっしゃりたいの」

「お兄様方に聞きましたの、バーバラが異常なまでに美に執着している、と。あなたはこの醜悪な男を受け入れた事実に耐えきれず、美しい夫を求めたのではないの?」



 バーバラは突然狂ったように笑い始めた。



「オーホホホホホッ」



 クレアの言葉が真実だったから、そしてそれをまざまざと思い知らされたから、心が粉々に破壊されてしまったらしかった。



「だからなんだって言うんですの? わたくしはもう戻れませんわ。娼館へでもどこへでも、早く連れて行ってくださいまし。きっとわたくし、人気者になれましてよ。オホホホホホ」



 あまりにも哀れで、クレアの怒りは霧散してしまっていた。

 バーバラが正気を保つことなど、最早できないのだろう。狂気に侵されていると知りながら、それに頼るしか生きる術がないのだ。



 暗い底なしの深淵へ、ただひたすらに墜ちていくだけ――。



 これ以上掛ける言葉もなく、クレアは目を背けて地下牢を出た。バーバラの姿を直視するだけで、同じ空間にいるだけで、気分が悪くなってしまう。



「大丈夫か、クレア?」



 アイザックがクレアの肩を抱いてくれた。彼女は彼を見上げ、静かに尋ねる。



「これからバーバラは、どうなりますの?」

「ヒースコート家は悪事に手を染めすぎたからね。厳しい裁きが下されると思う。それはバーバラも同じ事だ」



「そう、ですわね……」

「良かったんだよ、これで。もう誰もヒースコート家に陥れられたり、傷つけられたりすることはないんだ」



 クレアはこくりと頷き、ずっと温めていた思いを口にする。



「密猟団の方達のことなんですけれど、オークレントで働いてもらうわけにはいきませんでしょうか?」



 アイザックは目を見開き、明らかに戸惑っている。クレアを攫った人間達を雇うなど、考えもしなかったからだろう。



「新しく作られる予定の動物園には、飼育員が必要でしょう? 彼らなら動物の扱いもそれなりにできるでしょうし」



 クレアは壁際に歩み寄り、窓を開けた。

 石造りの壁に囲まれた動物園が、もうすぐ完成を迎えようとしている。ここにアイザックが異国から収集した動物たちが放たれるのだ。



 穏やかに草を食むシマウマ、長い鼻をゆっくりと動かす巨大な象……、想像するだけで心が沸き立つ。



「クレアはそれで、構わないのか?」

「はい。グレゴリーの部下だった人達なら、心根は悪くないはずですわ。更生できるなら、その機会を用意するのが、貴族としての務めだと思いますの」



 アイザックはクレアを眩しそうに眺めた。

 今回の旅、そして予期せぬ危機が、彼女をひと回りもふた回りも大きくしたことに、感動しているのだろう。



「わかったよ。全てクレアの望むように手配しよう」

「ありがとうございます、アイザック兄様」



 クレアはアイザックの手を取り、感謝を込めてそっと握ったのだった。
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