末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました

第六章 愛する人は……①

「声が出なくなった?」



 ゲイリーが驚いた様子で尋ね、クレアはこくこくと悲しげにうなずく。



「まぁあれだけのことがあったからね。蓄積されたストレスが今になって表面化したとしても、不思議ではないが……」



 眉間に皺を寄せたゲイリーが、気遣わしげに腕を組んだ。

 クレアはまたゲイリーに心労をかけてしまい、申し訳なさで胸が締め付けられる。そうでなくてもゲイリーは一連の出来事を聞き、随分と心を痛めていたのだ。



 特にボディーガードだったはずの御者が、ほとんど役に立たなかったことは、ゲイリーに責任を感じさせてしまっているらしかった。



 しかし、サマンサの家に泊まると言いだしたのはクレアだ。



 ちゃんとした宿に泊まっていれば、防犯対策はしっかりしていただろうし、御者だってもっと楽にクレアの警備ができたと思う。今回の件については、彼女にも多分に責任があるのだ。



 クレアは用意していた紙の束に、急いで文字を書き付けた。



【ご心配には及びませんわ。喉に痛みはありませんし、熱もないですもの】



 ゲイリーは紙を受け取り、文面に目を走らせてから言った。



「医者には診せたのかね?」



 クレアが首を横に振ると、ゲイリーは真剣な顔で続けた。



「それはいけないよ。ちゃんと診察してもらいなさい」



 有無を言わさぬゲイリーの表情に気圧され、クレアは何度もうなずいた。娘を心配する父親の気持ちが、痛いほど理解できたからだ。



「腕の良い医者を知っているから、私から連絡しておこう。それまでは、自室のベッドでよく休んでおくように」



 ゲイリーはクレアの肩を優しく叩いてから尋ねた。



「ところで、息子達はこのことを知っているのかね?」



 クレアは紙を取り出し、また文字を書き付ける。



【お兄様方にはまだお話ししていません。お仕事に支障があってはいけませんから】



 少し自意識過剰だったかと思ったが、ゲイリーは紙切れを読んで笑い出す。



「だろうね。きっと全て投げ出して、我先にと看病を買って出るだろう」



 クレアは頬を染め、改めて愛されていることを実感する。

 もちろんそれは喜びであり、感謝もしているけれど、その愛情深さのために、どこか負い目を感じてきたのも事実だった。



 兄達の愛情は大きすぎる。クレアにはとても返しきれないほどだ。



 だからこそ結婚のことも迷ってきた。誰を選んでも、禍根を残す気がしたからだ。



 でもそろそろ、けじめを付ける頃合いだろう。



 実の両親のことを知った今、幸せにならなければと強く思うようになった。それは最早義務であり、きっとそのために生まれてきたのだ。

 及び腰になる必要なんてない。幸せに向かって歩き出せばいいのだ。



「さあ、クレアは自室に戻りなさい。息子達には私の方から上手く言っておこう」



 ゲイリーがクレアに目配せし、彼女はにっこり微笑んだのだった。

 午前中クレアは、言われたとおり静かに自室で書物を読んでいた。午後になって、ゲイリーが頼んだ医者がやってくる。



 医者はクレアの首筋に触れたり、口を大きく開けさせて、喉の奥を覗き込んだりした。彼はしばらく唸っていたが、最後には優しく微笑む。



「特に異常は見られませんね。精神的なものかもしれません。恐らく一時の事でしょ

うから、すぐに良くなると思いますよ」



【ありがとうございます】



 クレアが礼を紙に書き付け、医者は軽くうなずく。



「それではゲイリー殿にも、このことをお伝えしておきます。心配していたようですからね」



 医者は立ち上がったが、思い出したように付け加える。



「もし何か変わったことがあれば、すぐに呼んでください」



 クレアは了解したという風に頭を下げ、戸口まで医者を見送ったのだった。
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