末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました

第六章 愛する人は……⑤

 空が白み始め、目映い光が部屋に差し込む。

 クレアは毎朝そうするように、自分の喉にそっと手を当て慎重に声を出してみた。いつもと違い、わずかに空気が震えるのを感じる。



「あ、あぁ」



 掠れるほど小さかった声が、次第に力強い響きへと変わっていく。



「声が出る……!」



 胸の高鳴りを抑えきれず、クレアはベッドから飛び起き、急ぎ足でゲイリーの部屋へ向かった。扉を軽く叩くと、低く落ち着いた声が返ってくる。



「どうぞ」



 クレアが扉を開けると、早朝にもかかわらずゲイリーは書類に目を通していた。



「どうかしたのかい?」

「おはようございます、お父様」



 その声が部屋に響いた瞬間、ゲイリーの瞳が驚きと喜びに見開かれた。



「お前……声が……?」

「えぇ、戻ったのです!」



 クレアは歌うように明るく、溌剌と答えた。ゲイリーの元に駆け寄り、抑えきれないほど膨れ上がった喜びのままにその手を強く握りしめる。



「そうか、良かった。本当に良かったよ」



 ゲイリーはクレアの手を握り返し、穏やかに微笑んだ。彼女の胸は温かいもので満たされ、安堵で涙が零れそうだ。



「何が功を奏したんだろうね?」

「わかりませんわ。でもお兄様方のお陰だと思います」



 クレアが感謝を込めてつぶやくと、ゲイリーは顎に手を添えて言った。



「そうか……。皆クレアのために奔走していたようだからね」

「はい。アイザック兄様は毎日のように看病しに来て下さいましたし、ブレット兄様は喉に効く特製のハーブティーを作って下さいました。私が声を失ってショックを受けていたセシル兄様も、最近では明るい曲を演奏して、私を元気づけて下さっていましたの」



 うんうんとうなずいてクレアの話を聞いていたゲイリーだったが、彼女の浮かない表情に気づいて言った。



「何か問題でも?」



 クレアが答えあぐねていると、ゲイリーはにやりと笑って尋ねる。



「もしかして、結婚を急かされたのかな?」

「いえ、急かされてはいません」



 慌てて否定したクレアだったが、わずかに項垂れ、胸に秘めた迷いを隠せずに続ける。



「改めてはっきりと、プローポーズされただけですわ」



 ゲイリーは「なるほど」とつぶやき、諭すように話し始める。



「皆、クレアを愛しているからね。ディアナを失ってから、お前が息子達の精神的支柱になってきたのだし」

「そんな、私は何も」

「お前は間違いなく、息子達を救ってきたよ。絶対的な味方になり、それぞれの背中を押し、大丈夫だと言って……。まさにディアナの代わりをしようと奮闘してくれた」



 クレアがやってきたことを、ゲイリーがそんな風に評価してくれているとは思わなかった。目尻には涙が溢れ、ひと筋頬を伝う。



「クレアも、息子達を愛してくれているだろう?」

「もちろんですわ」



 クレアは涙を拭うと、力強くうなずいた。



「アイザック兄様は、いつだって大きな愛で私を包み込んで下さいます。周囲にいつも人が集まるのは、その軽やかで陽気な空気が心地よいからですわ。誰にでも分け隔てなく寛容ですが、甘いだけではない誠実な優しさを感じますの」



 そこで言葉を切り、クレアは頬を染めて付け加える。



「それとアイザック兄様が、馬に乗る姿は本当に素敵ですわ。動きに一分の無駄もなく、背筋は凛と伸び、馬の鼓動と兄様の心がひとつに溶け合っているかのように思えます」

「アイザックが今の話を聞いたら、さぞ喜ぶだろうね」



 ゲイリーがふふっと笑い、クレアは懸命に話を続ける。



「反対にブレット兄様が纏う空気は、鋭く精緻です。冷静な判断と的確な指示は、誰もが信頼を寄せるところですわ。高潔な理想を成し遂げようとする、献身的な努力には頭が下がりますし、私自身そのひたむきな姿勢に何度も心を打たれてきました」



 クレアは少し照れた顔で、ブレットの変化を語る。



「それに最近のブレット兄様は、人に寄り添う柔らかさもお持ちになったように感じます。昔は少々神経質さや、無頓着さもあったように思いますけれど」

「ほぅ、ブレットも成長したようだね。クレアのお陰かな?」



 ゲイリーが満足そうに言い、クレアは胸に手を当てて続ける。



「セシル兄様は、繊細で個性的な愛でもって、私に接して下さいます。感じたままを行動に移す純粋さに、私はずっと癒されてきましたわ。その天真爛漫さと無邪気な好奇心が、兄様の音楽にどこか遊び心を感じさせる要因なのかもしれません」



 クレアは目を閉じ、セシルの音楽を思い出しながら、ゆっくりと口を開く。



「セシル兄様が紡ぎ出す旋律は、まさに国の宝ですわ。胸を激しく揺さぶられ、心の琴線に触れるのです。これは兄様にしか成し得ない偉業ですわ」



 クレアの評を聞いたゲイリーは、優しく彼女の肩を抱いて言った。



「クレアが息子達を、真に理解してくれているのはよくわかったよ。兄としてこの上ない光栄だろう。きっと誰を選んでも、恨むことはないはずだ」



 ゲイリーがクレアの気持ちを、少しでも軽くしようとしてくれているのが伝わってくる。彼女だってそういつまでも、結論を待たせるわけにいかないのはわかっていた。



「じきに決めるつもりではいますの。もう間もなくのことですわ……」



 この決断が、クレアを真にエドワーズ家の一員にしてくれるはずだから。
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