末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました

第六章 愛する人は……⑥

「皆、元気にしていた?」



 クレアは石造りの壁に囲まれた動物園を訪れ、草を食むシマウマやラクダに声を掛けた。彼女の元には色取り取りの小鳥達が集まり、美しい声でさえずっている。



「これはこれは、クレアお嬢様。もうお体は問題ないんで?」



 稲わらベッドを掃除していた男が、クレアに声を掛けてきた。



「えぇ。この通り、声も出るようになったの」

「さようですか。クレアお嬢様が会いに来てくだすって、動物たちも喜んでいますよ」



 にっこり笑う男が、以前クレアに牙をむいたとは、到底信じられないだろう。

 密猟団の団員達はクレアの温情に感謝し、今では動物たちのため献身的に働いている。彼らが職務以上の仕事をするのは、過去に犯した過ちを忘れていないからだ。



「そうだ、先日子犬を保護したんですよ。ご覧になりますか?」



 別の男が控えめに声をかけてきた。その声にはどこか深い敬意が込められている。



「えぇぜひ」



 クレアが答えると、男が子犬が眠る小さな籠の元へ案内してくれた。足を怪我しているのか、包帯には少し血が滲んでいる。



「傷は酷いの?」

「いえ、手当もしましたし、すぐに良くなると思います。食欲もありますしね」

「そう、良かったわ」



 クレアは安堵のため息をつき、傍らの男に微笑みかける。



「ありがとう。また傷ついた動物に気づいたら、保護してあげてちょうだいね」

「はい、もちろんです」



 男が深々と頭を下げると、クレアはふと思いついたように尋ねた。



「そう言えば、グレゴリーは元気にしているの?」

「だと思いますよ。騎士団に復帰できたそうですから」



 少し寂しそうな横顔を見れば、男がグレゴリーの不在を心細く感じているのがわかる。頭領の存在は、彼らにとって大きな精神的より所だったのだろう。



 グレゴリーが復職できたことを喜んではいても、どこか置いて行かれたように感じているのかも知れない。クレアが励まそうと口を開きかけると、懐かしい声が聞こえてきた。



「おいおい、しけた面してるんじゃねぇよ」



 振り返るとグレゴリーが立っていた。胸に王家の紋章が刻まれた鋼の鎧を身につけ、肩に金の房飾りが付いた純白のマントをまとっている。

 鋭い眼差しは以前と同じだが、無精髭はきれいに剃り上げられ、威風堂々とした気高さが全身に漲っている。



「頭領! どうしてここに」

「エドワーズ家のご兄弟と、クレアお嬢様をお迎えに参上したんだよ」

「私を?」



 クレアがつぶやくと、グレゴリーは膝を地面につき、深々と頭を下げた。



「国王陛下がお呼びです。どうかご同行いただけますか?」



 先ほどの粗暴な言葉遣いとは打って変わって、騎士団の一員らしい態度を示す。



「それはえぇ、もちろんですわ。でもどうして」

「陛下は悪徳貴族が闇オークションに手を染めていることに悩み、動物の乱獲や環境の悪化についても憂えておられました。此度のご活躍について、直接感謝の意を伝えたいとおっしゃっているのです」



 国王陛下が今回のことを、そんなに重く受け止めて下さっているとは思わなかった。クレアは恐れ多くて、すぐには返事ができず固まってしまう。



「それは光栄なことだ。ぜひお伺いしよう」



 優しく肩を掴まれて振り向くと、アイザックが立っていた。



「クレアも異存はないだろう?」

「はい、でも、その、感謝だなんて、恐縮してしまいますわ」

「何言ってる。クレアの勇気が事態を解決に導いたんだ。そうだろう、グレゴリー?」



 アイザックに問いかけられ、グレゴリーは畏まる。



「さようでございます。クレアお嬢様のお陰で、私も目が覚めました。こうして罪を償えますことを、本当にありがたく思っています」



 グレゴリーの言葉を聞き、アイザックがクレアに目配せした。彼女は頬を染め、精一杯の笑顔を向ける。



「わかりましたわ。陛下の元に参りましょう」



 四人が支度を終えて屋敷の玄関に向かうと、それは見事な馬車が待っていた。

 木製のフレームは金箔で覆われ、細かな彫刻が施されている。窓には絹のカーテンが揺れ、座椅子はベルベットで上品に仕上げられている。



「これはすごい。このドアノブは、象牙の細工物じゃないか」



 ブレットが馬車に乗り込み、興味深げに周囲を見渡す。



「乗り心地も素晴らしいですわ」

「それだけボク達が、大事な客人ってことだよね?」

「あぁ。ありがたいことだ」



 口々に話をしていると、馬車がゆっくりと動き出した。周囲は騎士団が警戒してくれており、まるで王族になったかと錯覚するほどだ。



 数時間の道程はとても楽しく、クレアは名残惜しい気持ちで馬車を降りた。

 宮殿の入り口には宰相が立って、クレア達を迎えてくれる。



「ようこそおいで下さいました。国王陛下がお待ちです」



 四人は王の玉座が据えられた広間に通された。天井は高く、幾千もの宝石が散りばめられたシャンデリアが、蝋燭の炎を浴びてキラキラと輝いている。



 深紅の長大な絨毯が広間の中央を貫き、その先に国王陛下が腰掛けていた。

 頭上には王冠が燦然と輝き、王家の紋章が刺繍されたマントを身に着けている。威厳を持ち、荘厳さが漂うその姿に、クレアは圧倒されてしまう。



 重厚な空気の中で、四人はゆっくりと歩き出す。足が沈み込むような絨毯は、足音を一切響かせず、玉座まで辿り着く。



 皆が膝をつき、国王に忠誠を誓う礼を捧げると、彼は穏やかでありながら力強い声で語りかけた。



「汝らの働きにより、王国の平和が守られた。礼を言う」



 その言葉が合図であったかのように、側近の一人が書状を読み上げる。そこにはクレア達の功績を称え、王国の繁栄に貢献したことへの深い感謝が示されていた。



 その一方で、ヒースコート家には厳しい処分が下された。



 密猟団を背後で操って自然を侵し、闇オークションで不当な利益を得た罪は重く、王国の法と秩序を乱したと見なされたからだ。



 ヒースコート家の当主は侯爵の位を剥奪され、富と権威を失い、一族郎党が国外追放されたという。稚拙な言葉で正当性を主張していたようだが、その醜いあがきにより、一層の悲壮感が表れていたらしい。



 最後に見たバーバラの姿が思い出され、クレアの胸がゾッと寒くなる。



 美しかった髪が冷や汗で額に張り付き、老婆のように背筋を曲げ、屈辱の色に染まった瞳でクレアを睨み付けていた。侯爵令嬢の誇りなど、もう一片も残ってはいなかった。



 耳を覆いたくなるような、詳細な顛末が語られたのち、国王自ら、王家の紋章が刻まれた剣を取り上げた。



「これは褒美である。受け取るが良い」



 アイザックは前に進み出て、剣を両手で受け取ってから膝を折る。



「恐悦至極に存じます」



 儀式が終わると、広間全体が拍手と歓声に包まれた。国王は穏やかに微笑むと、ふいに玉座を下りてこちらに近づいてくる。



「してクレア・エドワーズ、そなたは父上の忘れ形見だそうだね?」



 国王に突然話しかけられたクレアは、目を白黒させて、うまく口が回らない。



「は、はい。あの、そう、聞いております」

「つまり我々は、異母兄弟ということだ。こんな可愛らしい妹ができて、私は嬉しく思うよ」



 クレアは国王の好意的な態度に、かなり戸惑っていた。婚外子、しかも母親はメイドである自分に対して、これほど優しい言葉をかけてもらえるとは思っていなかったのだ。



「あ、ありがとうございます」



 王妃亡き後の晩年の出来事だったからかもしれないが、クレアは改めて国王の寛大さに心を打たれた。



「もし君さえ良ければ、宮殿で暮らさないか? 私も王妃も歓迎するよ」

 思いがけない国王の提案に、クレアはしばらく声が出なかった。何度も目を瞬かせ、ようやっと口を開く。



「そんな、私など」

「君は王家の血を引いているのだからね。当然の権利だ。父上もそれを望んでいたかもしれない」



 国王は優しく微笑み、クレアの答えを待っている。

 それはエドワーズ家の三兄弟も同じだった。クレアにとって、願ってもない申し出。皆、固唾を呑んで、クレアの唇の動きに注目している。



「……その、大変光栄なことなのですが、もうすぐ結婚することになっていますの」

「本当か? それはめでたい。幸運なお相手は誰なんだ?」



 クレアは三人の兄達を見つめてから、頬を染めて答える。



「今はまだ。近いうちに、結婚式の招待状をお送りさせていただきますわ」
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