末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました
エピローグ
クレアとアイザックは今、オークレントの外れにある湖畔に来ていた。
穏やかな風が湖面を撫で、軽やかに木々を揺らす。小鳥達のさえずりが耳を楽しませ、花の香りが鼻孔をくすぐる。
「心が洗われるようですわ」
クレアはゆっくりと深呼吸し、アイザックの気遣いに感謝する。結婚式の準備で疲弊していた彼女のため、彼が気晴らしに誘ってくれたのだ。
湖の側には木造のログハウスがあり、今晩はここで過ごすことになっている。
子どもの頃には何度か訪れた場所だが、最近はめっきり来ていない。ましてやアイザックとふたりきりというのは初めてで、クレアは内心緊張していた。
「元気になったみたいで良かったよ。最近少し疲れているようだったからね」
傍らで微笑むアイザックは、いつもと変わらない。クレアだけが妙に意識してしまっているようで恥ずかしくなる。
「ありがとうございます、アイザック兄様。ロティーも嬉しそうですわ」
クレアは肩に乗るロティーの頭を撫で、つとめて平静を装う。
「昔はよくここに来たよな」
「はい。お父様が自ら火を起こして下さって、焚き火をしましたわね。お母様と仲睦まじく、木がはぜる音に耳を傾けていたのを覚えていますわ」
「懐かしいな……」
アイザックが目を細め、クレアは記憶を辿りながら話を続ける。
「ブレット兄様は、浅瀬で魚や鳥の観察をしていましたわね。泳ぐ様子をスケッチしたり、羽ばたく瞬間を待ち構えたり」
「そうだったそうだった。セシルは草笛を吹いていたっけ。夜には木の枝で作った楽器を演奏してくれた」
「とても、楽しかったですわね」
クレアが微笑むと、アイザックは彼女の手を取った。
「俺のことは、覚えてる?」
「アイザック兄様は、手漕ぎボートに乗せてくださいましたね」
目を閉じたクレアは、湖面の燦めきと水しぶきを思い出す。岸辺で待つ家族が優しい眼差しを向けてくれ、何度も大きく手を振ったものだ。
「良かった。ちゃんとクレアの心に残っていて」
「当たり前ですわ。私の夫になる方との、思い出なのですから」
言ってしまってから恥ずかしくなり、クレアは目を伏せた。アイザックは安堵した様子で、少々バツが悪そうに口を開く。
「実は湖畔に誘ったのは、ふたりきりになりたかったというのもあるんだ」
そこで言葉を切り、アイザックは顔を背ける。
「その、弟達のことだけど、俺から言い出したくせに、少し嫉妬してしまってね。クレアがすごく親身になってくれてと、やたらふたりが強調するものだから」
「確かにおふたりは、頼もしくなられましたわ。口幅ったいことを言うようですが、以前よりも一層魅力的に感じられます」
アイザックの凜々しい眉がわずかに下がり、クレアはクスクスと笑い出す。
「もう、アイザック兄様ったら。私の方こそ、毎日ヤキモチを焼いてしまいそうで、今から心配しているのですよ?」
まだ笑っているクレアの指先に、アイザックが軽く唇を押し当てた。彼の唇の温かさが、ダイレクトに伝わり、彼女の心臓は恐ろしいほど早く打つ。
「俺がクレアをどれほど愛おしく思ってるか、わかってないのか? もうずっとクレアのこと以外、何も考えられなくなっているのに」
とてもアイザックの顔を見ていられない。クレアは真っ赤な顔でうつむき、恥じらいを隠すように目を伏せた。
「なんだか、恐れ多いですわ。アイザック兄様はたくさんの方に慕われていますのに、それを私が独占してしまうだなんて……」
「いいんだよ。俺もそれを望んでる」
「でも」
「むしろ俺はクレアだけのものになりたいんだ」
アイザックはクレアの手を、自分の胸に押し当てた。
「この激しい鼓動がわかる? クレアなしではいられないって、訴えてるんだ」
情熱的なアイザックの言葉を浴びせられ、クレアはその愛で溺れてしまうような感覚に陥っていた。
枯れることのない泉のように、永遠に湧き出る愛――。
クレアにはそれを受ける資格があるのだと思うと、身震いするほどの悦びで満たされる。
「私、怖いですわ」
「何が?」
「あまりにも幸せすぎて」
「何言ってる。むしろ今は一番不幸なくらいだ。この先もっと、幸せになっていくんだから」
アイザックはクレアの髪に触れ、ゆっくりと深く息を吸い込む。その仕草はあまりにも甘美で、彼女の胸を高鳴らせる。
「どんな夫婦になろうか? やっぱり父上と母上のような?」
そう問われて、もう夢でも憧れでもないことに気づく。
クレアは喜びを抑えきれず、頬はバラ色に、口元には笑みが零れる。
「えぇ、そうですわね」
「子どもは何人欲しい?」
唐突な質問に、クレアは飛び上がった。あまりにも気が早いと思われたし、彼女には刺激が強すぎたのだ。
「ぁ、まだ、気が早いですわ」
しどろもどろになるクレアを、アイザックが可笑しそうに見つめる。
「希望を聞いてるだけさ。俺は正直何人いても構わない」
「何人もだなんて、そんな」
クレアがビックリしていると、アイザックは大真面目に答える。
「男の子なら一緒に乗馬や狩りをしたいし、女の子ならきっとクレアに似て美しい声で歌ってくれるだろうな」
クレアは恥ずかしいあまり、アイザックの胸に額を押し付けた。彼は彼女の背中に腕を回し、ふたりは静かに寄り添う。
「ご期待に添えるよう、頑張りますわ……」
「あぁ」
アイザックがクレアの顎を優しく持ち上げた。見つめ合う瞳には、水面の光が反射して目映いばかりに輝いている。
「俺は必ずクレアを守るよ。クレアのいない人生は、俺にとって死と同義だから」
クレアはそっとアイザックの手を取り、軽く首を横に振った。
「死などという言葉を、軽々しく使ってはいけませんわ。それに私は、守られるだけの存在になりたいとは思っていません」
アイザックにとって、クレアの言葉は予想外だったらしい。彼は一瞬驚いたものの、すぐに微笑みを浮かべる。
「クレアは、強くなったな」
「可愛げがなくなりましたか?」
アイザックはその質問に答える代わりに、ごく軽くクレアの額に唇を触れさせた。彼女がビックリして身動きできずにいると、彼は誇らしそうに言った。
「一層愛おしく思うよ。やはり俺の目に狂いはなかった。クレアは最高の女性だ」
「褒めすぎですわ、アイザック兄様」
耳まで赤く染めてつぶやくと、アイザックがクレアの顔を覗き込む。
「そろそろ、呼び方を変えてくれないか?」
「え?」
「もう兄様はいらない。だろ?」
アイザックが期待を込めた眼差しをこちらに向けている。もう何千回と呼びかけてきたのに、今はものすごく緊張する。
「そんなに、見つめられると、言えませんわ」
「恥ずかしがるようなことかい? 俺は何度だって呼べるよ、クレア」
耳元でささやかれ、クレアは思わず飛び退る。アイザックはその様子に笑い出し、楽しそうに彼女をからかう。
「なんだ、クレアは耳が弱かったのか。これは良いことを知ったな。今夜は一晩中、愛をささやき続けようか」
「アイザック!」
非難するように叫んでから、クレアは真っ赤になった両頬を包み込む。
「あぁ本当に照れてしまいますわ……」
アイザックは嬉しそうに微笑み、もう一度クレアを抱き寄せた。
「ありがとう。愛する人に名前を呼ばれると、もうそれだけでこんなにも幸せになれるんだな」
寄り添ったふたりの足は、どちらからともなくログハウスに向かっていた。アイザックは湖畔に面したウッドデッキにクレアを残し、ひとり家の中に入る。
クレアがロッキングチェアに腰掛け、ロティーと遊んでいると、湯気が立ち昇るティーカップを持ってアイザックが戻ってきた。
「さぁどうぞ」
「良い香り。ローズティーですわね」
ゲイリーとディアナの姿が思い出され、クレアは傍らのアイザックに手を伸ばした。彼はその手をそっと握り返してくれる。
「父上と母上が羨むくらい、素敵な夫婦になろう」
クレアは力強く「はい」と答えたのだった。
穏やかな風が湖面を撫で、軽やかに木々を揺らす。小鳥達のさえずりが耳を楽しませ、花の香りが鼻孔をくすぐる。
「心が洗われるようですわ」
クレアはゆっくりと深呼吸し、アイザックの気遣いに感謝する。結婚式の準備で疲弊していた彼女のため、彼が気晴らしに誘ってくれたのだ。
湖の側には木造のログハウスがあり、今晩はここで過ごすことになっている。
子どもの頃には何度か訪れた場所だが、最近はめっきり来ていない。ましてやアイザックとふたりきりというのは初めてで、クレアは内心緊張していた。
「元気になったみたいで良かったよ。最近少し疲れているようだったからね」
傍らで微笑むアイザックは、いつもと変わらない。クレアだけが妙に意識してしまっているようで恥ずかしくなる。
「ありがとうございます、アイザック兄様。ロティーも嬉しそうですわ」
クレアは肩に乗るロティーの頭を撫で、つとめて平静を装う。
「昔はよくここに来たよな」
「はい。お父様が自ら火を起こして下さって、焚き火をしましたわね。お母様と仲睦まじく、木がはぜる音に耳を傾けていたのを覚えていますわ」
「懐かしいな……」
アイザックが目を細め、クレアは記憶を辿りながら話を続ける。
「ブレット兄様は、浅瀬で魚や鳥の観察をしていましたわね。泳ぐ様子をスケッチしたり、羽ばたく瞬間を待ち構えたり」
「そうだったそうだった。セシルは草笛を吹いていたっけ。夜には木の枝で作った楽器を演奏してくれた」
「とても、楽しかったですわね」
クレアが微笑むと、アイザックは彼女の手を取った。
「俺のことは、覚えてる?」
「アイザック兄様は、手漕ぎボートに乗せてくださいましたね」
目を閉じたクレアは、湖面の燦めきと水しぶきを思い出す。岸辺で待つ家族が優しい眼差しを向けてくれ、何度も大きく手を振ったものだ。
「良かった。ちゃんとクレアの心に残っていて」
「当たり前ですわ。私の夫になる方との、思い出なのですから」
言ってしまってから恥ずかしくなり、クレアは目を伏せた。アイザックは安堵した様子で、少々バツが悪そうに口を開く。
「実は湖畔に誘ったのは、ふたりきりになりたかったというのもあるんだ」
そこで言葉を切り、アイザックは顔を背ける。
「その、弟達のことだけど、俺から言い出したくせに、少し嫉妬してしまってね。クレアがすごく親身になってくれてと、やたらふたりが強調するものだから」
「確かにおふたりは、頼もしくなられましたわ。口幅ったいことを言うようですが、以前よりも一層魅力的に感じられます」
アイザックの凜々しい眉がわずかに下がり、クレアはクスクスと笑い出す。
「もう、アイザック兄様ったら。私の方こそ、毎日ヤキモチを焼いてしまいそうで、今から心配しているのですよ?」
まだ笑っているクレアの指先に、アイザックが軽く唇を押し当てた。彼の唇の温かさが、ダイレクトに伝わり、彼女の心臓は恐ろしいほど早く打つ。
「俺がクレアをどれほど愛おしく思ってるか、わかってないのか? もうずっとクレアのこと以外、何も考えられなくなっているのに」
とてもアイザックの顔を見ていられない。クレアは真っ赤な顔でうつむき、恥じらいを隠すように目を伏せた。
「なんだか、恐れ多いですわ。アイザック兄様はたくさんの方に慕われていますのに、それを私が独占してしまうだなんて……」
「いいんだよ。俺もそれを望んでる」
「でも」
「むしろ俺はクレアだけのものになりたいんだ」
アイザックはクレアの手を、自分の胸に押し当てた。
「この激しい鼓動がわかる? クレアなしではいられないって、訴えてるんだ」
情熱的なアイザックの言葉を浴びせられ、クレアはその愛で溺れてしまうような感覚に陥っていた。
枯れることのない泉のように、永遠に湧き出る愛――。
クレアにはそれを受ける資格があるのだと思うと、身震いするほどの悦びで満たされる。
「私、怖いですわ」
「何が?」
「あまりにも幸せすぎて」
「何言ってる。むしろ今は一番不幸なくらいだ。この先もっと、幸せになっていくんだから」
アイザックはクレアの髪に触れ、ゆっくりと深く息を吸い込む。その仕草はあまりにも甘美で、彼女の胸を高鳴らせる。
「どんな夫婦になろうか? やっぱり父上と母上のような?」
そう問われて、もう夢でも憧れでもないことに気づく。
クレアは喜びを抑えきれず、頬はバラ色に、口元には笑みが零れる。
「えぇ、そうですわね」
「子どもは何人欲しい?」
唐突な質問に、クレアは飛び上がった。あまりにも気が早いと思われたし、彼女には刺激が強すぎたのだ。
「ぁ、まだ、気が早いですわ」
しどろもどろになるクレアを、アイザックが可笑しそうに見つめる。
「希望を聞いてるだけさ。俺は正直何人いても構わない」
「何人もだなんて、そんな」
クレアがビックリしていると、アイザックは大真面目に答える。
「男の子なら一緒に乗馬や狩りをしたいし、女の子ならきっとクレアに似て美しい声で歌ってくれるだろうな」
クレアは恥ずかしいあまり、アイザックの胸に額を押し付けた。彼は彼女の背中に腕を回し、ふたりは静かに寄り添う。
「ご期待に添えるよう、頑張りますわ……」
「あぁ」
アイザックがクレアの顎を優しく持ち上げた。見つめ合う瞳には、水面の光が反射して目映いばかりに輝いている。
「俺は必ずクレアを守るよ。クレアのいない人生は、俺にとって死と同義だから」
クレアはそっとアイザックの手を取り、軽く首を横に振った。
「死などという言葉を、軽々しく使ってはいけませんわ。それに私は、守られるだけの存在になりたいとは思っていません」
アイザックにとって、クレアの言葉は予想外だったらしい。彼は一瞬驚いたものの、すぐに微笑みを浮かべる。
「クレアは、強くなったな」
「可愛げがなくなりましたか?」
アイザックはその質問に答える代わりに、ごく軽くクレアの額に唇を触れさせた。彼女がビックリして身動きできずにいると、彼は誇らしそうに言った。
「一層愛おしく思うよ。やはり俺の目に狂いはなかった。クレアは最高の女性だ」
「褒めすぎですわ、アイザック兄様」
耳まで赤く染めてつぶやくと、アイザックがクレアの顔を覗き込む。
「そろそろ、呼び方を変えてくれないか?」
「え?」
「もう兄様はいらない。だろ?」
アイザックが期待を込めた眼差しをこちらに向けている。もう何千回と呼びかけてきたのに、今はものすごく緊張する。
「そんなに、見つめられると、言えませんわ」
「恥ずかしがるようなことかい? 俺は何度だって呼べるよ、クレア」
耳元でささやかれ、クレアは思わず飛び退る。アイザックはその様子に笑い出し、楽しそうに彼女をからかう。
「なんだ、クレアは耳が弱かったのか。これは良いことを知ったな。今夜は一晩中、愛をささやき続けようか」
「アイザック!」
非難するように叫んでから、クレアは真っ赤になった両頬を包み込む。
「あぁ本当に照れてしまいますわ……」
アイザックは嬉しそうに微笑み、もう一度クレアを抱き寄せた。
「ありがとう。愛する人に名前を呼ばれると、もうそれだけでこんなにも幸せになれるんだな」
寄り添ったふたりの足は、どちらからともなくログハウスに向かっていた。アイザックは湖畔に面したウッドデッキにクレアを残し、ひとり家の中に入る。
クレアがロッキングチェアに腰掛け、ロティーと遊んでいると、湯気が立ち昇るティーカップを持ってアイザックが戻ってきた。
「さぁどうぞ」
「良い香り。ローズティーですわね」
ゲイリーとディアナの姿が思い出され、クレアは傍らのアイザックに手を伸ばした。彼はその手をそっと握り返してくれる。
「父上と母上が羨むくらい、素敵な夫婦になろう」
クレアは力強く「はい」と答えたのだった。
