末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました
第一章 アイザックの懇篤⑥
「馬もろくに乗りこなせないのに、私には無理ですわ」
クレアが怖じ気づくと、アイザックは少し考えてから言った。
「じゃあ俺がちょっと乗ってみよう。大人しそうな動物なら、クレアも一緒に乗れば良い」
アイザックは脚を折って座るラクダに近づき、軽々とその背中に乗った。立ち上がったラクダが前後に身体を揺すりながら、ゆっくりと歩き出す。
「おっと、これは馬とは随分違うな」
「アイザック兄様、ラクダは同じ側の前後の足を同時に運ぶんですよ。乗馬の時のように、身体を中心に保とうとすると酔ってしまいます」
「あぁなるほど。動きに身体を委ねればいいのか」
最初こそ戸惑っていたものの、アイザックはすぐにラクダの乗り方を会得してしまった。悠然と歩くラクダに乗って、軽く港の散策を始める。
「すごいですわね、アイザック兄様は。もう周囲と会話する余裕があるんですもの」
「柔軟性があるというか、対応力があるというか……。あの程度のアドバイスで、すぐに乗りこなせてしまうんだから、参ってしまうよ」
乗馬もあまり得意でないブレットには、嫉妬や羨望もあるのだろうが、それを通り越して感服しているようだ。それほどまでにアイザックは、運動センスがあり、身体能力が高いのだ。
「おーい、これはむしろクレア向きかもしれないぞ」
アイザックが大きく手を振りながら、こちらに戻ってくる。
「前後にはよく揺れるが、上下にはあまり揺れないんだ。コツさえ掴めば、乗り心地は悪くない。きっとクレアも楽しめるはずだよ」
「アイザック兄様が、一緒に乗ってくださるなら」
「そう来なくちゃ」
嬉しそうに笑ったアイザックは軽々と地面に飛び降り、改めてクレアを抱きかかえてラクダの背に乗った。
「ラクダの動きに逆らわないように。そう波に乗る感じで、うんいいね」
アイザックに優しく抱かれながら、クレアはラクダの上からの景色を楽しむ。歩みがゆっくりなので、これならかえって馬より酔わない気がする。
「快適な乗り心地ですわ。私は馬より好きかもしれません」
「そりゃ良かった。遠方から取り寄せた甲斐があるよ」
クレアを抱くアイザックの腕に力が込められ、背中に温もりが伝わってくる。まるで愛情がダイレクトに注がれているようで、心地よいよりも照れが勝ってしまう。
「アイザック兄様、少し、その、力が強いようですわ」
「苦しいかい?」
「いえ、そういうわけでは」
「じゃあもう少し、こうしていたい」
耳元でアイザックが甘くささやき、クレアの緊張と恥じらいが頂点に達する。彼の腕の中で身体をよじり、必死になってつぶやく。
「い、いけませんわ! こんなの、だって私達は兄妹ですのに」
「もう違う」
「違いませんっ。血のつながりがなくても、関係が変わることはありませんわ」
「俺はずっとクレアを愛してた。弟達もそれは同じだよ」
クレアの耳たぶにアイザックの唇が触れそうで、動悸がより一層激しくなる。もう何も考えられなくなり、黙り込んだ彼女に彼が優しく言った。
「どうして、そんなに拒否する? クレアは俺を愛しているだろ?」
自信満々でなんの疑いも抱いていない言葉に、クレアは困惑する。
「もちろん兄として」
「幼い頃はよく、アイザック兄様のお嫁さんになると、言ってくれていたと思うが?」
「それは子どもの戯言です」
クレアは真っ赤になってぴしゃりと否定したが、アイザックは至極真面目な様子で
「もう本当にできるんだよ」と諭す。
「クレアは嬉しくないのか?」
質問されてもわからなかった。自分の答えを知るのが怖くて、それ以上考えることもしたくなくて、クレアは目を伏せる。
「お兄様方を慕うご令嬢は、たくさんいらっしゃいますわ」
「それがどうした」
アイザックは気分を害したように、冷たい声で続ける。
「髪型や服装を統一したら、俺達の違いもわからんような令嬢達だぞ? そんなものこちらから願い下げだ」
「私はずっとお兄様方と一緒に暮らしているから」
「違う、クレアは外見で人を判断していないからだ。皆俺達の内面を知ろうともせず、どうにかしてこちらの関心を引こうと、ひたすらに媚びるばかりじゃないか」
「そんな方ばかりではない、と思いますわ」
「だったらどうして、同性の友人を作らない? クレアだって令嬢同士の醜い諍いや、底意地の悪さには辟易しているのだろう?」
アイザックは言ってしまってすぐ「すまない」と謝罪した。クレアの友達の少なさを、非難しているかのような発言だったからだろう。
「私はただ……、引っ込み思案なだけですわ」
クレアはアイザックにも誰にも、バーバラとの一件を話してはいなかった。あんな人を信用してしまったのは自身の恥であると感じていたし、兄達に余計な心配をかけたくなかったからだ。
今ではジャックもエドワーズ家で元気にスクスクと成長し、立派な猟犬となっているけれど、その詳しい出自については、クレアの心の中だけにとどめている。
「もちろんよくわかってる。俺はクレアを愛しているからこそ、真剣に結婚を考えて欲しいだけなんだ」
懇願するアイザックを見れば、その切実な想いはちゃんと伝わってくる。クレアが態度を決めかねているから、彼は困っているのだ。
「申し訳ありません、アイザック兄様」
クレアは後ろを振り返り、今言える精一杯の答えを口にする。
「私にはまだどうしたら良いのか、わからないのです。それにお兄様方のことは、皆平等に愛しています。誰かひとりを選ぶなんて、私にできるとはとても思えません」
アイザックは安堵したように顔をほころばせた。いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべ、優しくクレアを抱きしめる。
「俺にとって、クレアの幸せが一番大事なんだ。弟達ならそれができると信じているし、クレアが決めたことなら、誰が相手でも俺は祝福できるよ」
クレアが怖じ気づくと、アイザックは少し考えてから言った。
「じゃあ俺がちょっと乗ってみよう。大人しそうな動物なら、クレアも一緒に乗れば良い」
アイザックは脚を折って座るラクダに近づき、軽々とその背中に乗った。立ち上がったラクダが前後に身体を揺すりながら、ゆっくりと歩き出す。
「おっと、これは馬とは随分違うな」
「アイザック兄様、ラクダは同じ側の前後の足を同時に運ぶんですよ。乗馬の時のように、身体を中心に保とうとすると酔ってしまいます」
「あぁなるほど。動きに身体を委ねればいいのか」
最初こそ戸惑っていたものの、アイザックはすぐにラクダの乗り方を会得してしまった。悠然と歩くラクダに乗って、軽く港の散策を始める。
「すごいですわね、アイザック兄様は。もう周囲と会話する余裕があるんですもの」
「柔軟性があるというか、対応力があるというか……。あの程度のアドバイスで、すぐに乗りこなせてしまうんだから、参ってしまうよ」
乗馬もあまり得意でないブレットには、嫉妬や羨望もあるのだろうが、それを通り越して感服しているようだ。それほどまでにアイザックは、運動センスがあり、身体能力が高いのだ。
「おーい、これはむしろクレア向きかもしれないぞ」
アイザックが大きく手を振りながら、こちらに戻ってくる。
「前後にはよく揺れるが、上下にはあまり揺れないんだ。コツさえ掴めば、乗り心地は悪くない。きっとクレアも楽しめるはずだよ」
「アイザック兄様が、一緒に乗ってくださるなら」
「そう来なくちゃ」
嬉しそうに笑ったアイザックは軽々と地面に飛び降り、改めてクレアを抱きかかえてラクダの背に乗った。
「ラクダの動きに逆らわないように。そう波に乗る感じで、うんいいね」
アイザックに優しく抱かれながら、クレアはラクダの上からの景色を楽しむ。歩みがゆっくりなので、これならかえって馬より酔わない気がする。
「快適な乗り心地ですわ。私は馬より好きかもしれません」
「そりゃ良かった。遠方から取り寄せた甲斐があるよ」
クレアを抱くアイザックの腕に力が込められ、背中に温もりが伝わってくる。まるで愛情がダイレクトに注がれているようで、心地よいよりも照れが勝ってしまう。
「アイザック兄様、少し、その、力が強いようですわ」
「苦しいかい?」
「いえ、そういうわけでは」
「じゃあもう少し、こうしていたい」
耳元でアイザックが甘くささやき、クレアの緊張と恥じらいが頂点に達する。彼の腕の中で身体をよじり、必死になってつぶやく。
「い、いけませんわ! こんなの、だって私達は兄妹ですのに」
「もう違う」
「違いませんっ。血のつながりがなくても、関係が変わることはありませんわ」
「俺はずっとクレアを愛してた。弟達もそれは同じだよ」
クレアの耳たぶにアイザックの唇が触れそうで、動悸がより一層激しくなる。もう何も考えられなくなり、黙り込んだ彼女に彼が優しく言った。
「どうして、そんなに拒否する? クレアは俺を愛しているだろ?」
自信満々でなんの疑いも抱いていない言葉に、クレアは困惑する。
「もちろん兄として」
「幼い頃はよく、アイザック兄様のお嫁さんになると、言ってくれていたと思うが?」
「それは子どもの戯言です」
クレアは真っ赤になってぴしゃりと否定したが、アイザックは至極真面目な様子で
「もう本当にできるんだよ」と諭す。
「クレアは嬉しくないのか?」
質問されてもわからなかった。自分の答えを知るのが怖くて、それ以上考えることもしたくなくて、クレアは目を伏せる。
「お兄様方を慕うご令嬢は、たくさんいらっしゃいますわ」
「それがどうした」
アイザックは気分を害したように、冷たい声で続ける。
「髪型や服装を統一したら、俺達の違いもわからんような令嬢達だぞ? そんなものこちらから願い下げだ」
「私はずっとお兄様方と一緒に暮らしているから」
「違う、クレアは外見で人を判断していないからだ。皆俺達の内面を知ろうともせず、どうにかしてこちらの関心を引こうと、ひたすらに媚びるばかりじゃないか」
「そんな方ばかりではない、と思いますわ」
「だったらどうして、同性の友人を作らない? クレアだって令嬢同士の醜い諍いや、底意地の悪さには辟易しているのだろう?」
アイザックは言ってしまってすぐ「すまない」と謝罪した。クレアの友達の少なさを、非難しているかのような発言だったからだろう。
「私はただ……、引っ込み思案なだけですわ」
クレアはアイザックにも誰にも、バーバラとの一件を話してはいなかった。あんな人を信用してしまったのは自身の恥であると感じていたし、兄達に余計な心配をかけたくなかったからだ。
今ではジャックもエドワーズ家で元気にスクスクと成長し、立派な猟犬となっているけれど、その詳しい出自については、クレアの心の中だけにとどめている。
「もちろんよくわかってる。俺はクレアを愛しているからこそ、真剣に結婚を考えて欲しいだけなんだ」
懇願するアイザックを見れば、その切実な想いはちゃんと伝わってくる。クレアが態度を決めかねているから、彼は困っているのだ。
「申し訳ありません、アイザック兄様」
クレアは後ろを振り返り、今言える精一杯の答えを口にする。
「私にはまだどうしたら良いのか、わからないのです。それにお兄様方のことは、皆平等に愛しています。誰かひとりを選ぶなんて、私にできるとはとても思えません」
アイザックは安堵したように顔をほころばせた。いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべ、優しくクレアを抱きしめる。
「俺にとって、クレアの幸せが一番大事なんだ。弟達ならそれができると信じているし、クレアが決めたことなら、誰が相手でも俺は祝福できるよ」