悪 狐

先生は言葉と異なり、手は乱暴ながら痛みなどない力で私の零れた涙を拭う。
見つめる視線はどこかさ迷うようで、突き刺さるような鋭さもない。
まるで、『泣くな』と言われているかのようだ。

甘さと締め付けるような胸の苦しみ。
心は満ちて、このまま時が続く事を願ってしまう。

彼を追い詰めているのは、私に関する事。
母?でも接点など、どこにあるのだろう。
むしろ可能性が高いとすれば、おじ様の方。母と出会う前に……家族が?

「ちっ。苛立ちが募っていく……」

手の動きが止まって、さ迷っていた視線は下がって行き先生の表情は見えない。
言葉を出すのを戸惑っていると、肩に置かれた手が体を後方へと移動させる。

不意打ちで見開いた目に映るのは、天井と先生の暗い表情。

痛い。
背は柔らかいベッドに沈んで、内から込み上げる痛みに全身が痺れるようだ。

苦しい。
呼吸も困難なほど、思考も働かない。

ただ…泣きそうな年上の男性を見つめて、息を呑んだ。
あぁ、私は先生の事を……。

あなたが抱える闇が、私との唯一の接点。

もっと知りたい。
自分に向けられた憎しみの眼。

受け止めているはずの感情が素通るようで悲しい。
自分に対する態度ではなく、別の人への思いがないと繋がりも続かないのだと知って。

自分自身の魅力がない事を悔やんで、貪欲さに縋り付く。
新たな自分の一面……

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