奪う
 カップから唇を離したカナデが再び喋り始める。どのような人物として金蔓と付き合っているのか、どこかのタイミングで彼に話す予定だったに違いない。彼は先を促すように頷いた。

「まず俺は、カナデではなく、アオイとして金蔓と関係を持っています。名前を呼ぶ時は気をつけてください。俺も気をつけますので」

「その言い方から察するに、俺もミコトじゃなくなってますか」

「なくなってますね。ミコトさんの名前はイツキにしておきました。アオイとイツキです。金蔓の前では呼び捨てで、敬語はなしでお願いします。親友ですからね」

 アオイ、イツキ。彼は口の中で呟いた。アオイ、イツキ。新しい名前である。ミコトに続いて二つ目の名前を貰ってしまった。

 カナデさんと呼んでいる普段の癖が出ないようにしなければならない。アオイと呼び捨てで呼ばなければならない。敬語もやめなければならない。自分はアオイの親友であるイツキを演じなければならない。

 カナデが演じるアオイのことを聞いてから、アオイの親友のイツキのことを聞こうと、彼は頭の片隅に確認事項をメモした。本来の性格とは掛け離れた設定にはされていないことを密かに願った。

「アオイは、死んだ父親が残した多額の借金を背負っています。借金返済に苦労しながらも、実直に生きている優しい青年です。付き合い始めた年上の恋人と結婚の話になったのを機に、今まで隠していた借金のことを正直に打ち明けました。だから、結婚したくてもできないと断ります。借金を抱えている男など失望されるだろう、とアオイは自ら別れを切り出しますが、恋人が、自分が立て替えるからとアオイを引き止めました。引き止めてくれました。そのおかげで無事に、アオイは借金を全額返済できたのです。恋人には何度も感謝し、毎月少しずつでも返すことを約束して、今も結婚を前提に付き合っています」
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