奪う
腹を刺された人間とは思えないほどに腹から声が出ていた。彼が以前、後輩が復活した際に言いそうだと予想したセリフとほぼ一緒の言葉すら、腹から声を出して堂々と音に乗せてくれていた。想像していた通りだったとしても、彼の胸に何かが落ちることも広がることもなかった。久々の後輩の声もその存在も、変わらず喧しいままだった。
彼は適当に対応した。後輩が発言の中でさらりと宣っていた、冷たさをほしがっていたと読み取れる言葉から何とも言えない不穏な性癖の気配を彼は内心で感じ取りながらも、本人にその自覚はなさそうであるため深入りはせずに通常通り雑に遇った。後輩が最近まで入院していた元患者だったとしても、態度を変えなかった。
「いやでも本当に、先輩と会って直接お礼言いたかったんすよ。でもまだ連絡先も教えてもらえてないんで、俺の口から伝えたくても伝えられなかったんすよね。だから今この場を借りて言わせてもらうっすね」
ちゃらんぽらんな口調とは裏腹に、後輩は姿勢を正して真剣な表情を見せた。彼は唇を開くこともなく無言で後輩を眺めた。店内に客はいなかった。
「助けてくださって、ありがとうございました。先輩がいなかったら、俺は多分死んでたと思います。先輩は俺の命の恩人です」
再び旋毛を見せられた。累計五回目。後輩の旋毛は三回目。三回目でなんとなく、無防備な旋毛に鋭利な刃物を突き刺す想像をした。感謝されたとて、彼の心には何も響いていなかった。
平気で人を殺めている人間に対して、後輩の彼女含め命の恩人と声を大にして言うなど矛盾も甚だしいが、それだけ善人として上手く仮面を被れているということだろう。どんなに冷淡でもこの人はそういう人でそういう性格をしているのだと思わせることができれば、ただ無愛想なだけのどこにでもいる普通の人間になれるのだ。自分に懐いている後輩を頭の中で何度も刺し殺しながら、彼は後輩が求める、愛想がなくて淡白でありながらも信頼できる先輩であり続けた。この先輩は殺人鬼ではないのだった。
彼は適当に対応した。後輩が発言の中でさらりと宣っていた、冷たさをほしがっていたと読み取れる言葉から何とも言えない不穏な性癖の気配を彼は内心で感じ取りながらも、本人にその自覚はなさそうであるため深入りはせずに通常通り雑に遇った。後輩が最近まで入院していた元患者だったとしても、態度を変えなかった。
「いやでも本当に、先輩と会って直接お礼言いたかったんすよ。でもまだ連絡先も教えてもらえてないんで、俺の口から伝えたくても伝えられなかったんすよね。だから今この場を借りて言わせてもらうっすね」
ちゃらんぽらんな口調とは裏腹に、後輩は姿勢を正して真剣な表情を見せた。彼は唇を開くこともなく無言で後輩を眺めた。店内に客はいなかった。
「助けてくださって、ありがとうございました。先輩がいなかったら、俺は多分死んでたと思います。先輩は俺の命の恩人です」
再び旋毛を見せられた。累計五回目。後輩の旋毛は三回目。三回目でなんとなく、無防備な旋毛に鋭利な刃物を突き刺す想像をした。感謝されたとて、彼の心には何も響いていなかった。
平気で人を殺めている人間に対して、後輩の彼女含め命の恩人と声を大にして言うなど矛盾も甚だしいが、それだけ善人として上手く仮面を被れているということだろう。どんなに冷淡でもこの人はそういう人でそういう性格をしているのだと思わせることができれば、ただ無愛想なだけのどこにでもいる普通の人間になれるのだ。自分に懐いている後輩を頭の中で何度も刺し殺しながら、彼は後輩が求める、愛想がなくて淡白でありながらも信頼できる先輩であり続けた。この先輩は殺人鬼ではないのだった。