奪う
「ちょっと先輩、何するんすか。いきなり酷いじゃないっすか。ちょうど傷口のところっすよ」

「傷口を攻めるのが一番効果があると思いました」

「ドSすぎるっすよそれは。前々からそんな気はしてたっすけど」

 腹を押さえごちゃごちゃ言いながらも、後輩の顔はどことなく嬉しそうであった。例の性癖に目覚めている説が濃厚になっているが、やはり本人にそのような邪な感情はなさそうである。だとしたらもっと別の意味の喜悦だろうか。

「突然俺を刺してきたあの犯人のことも引っ叩いてたっすよね?」

「そうですね。顔に蚊が止まってましたので」

「ドS確定っすね。でも刃物で人をぶっ刺した犯人に平然と近づいて、蚊が止まっていたからって頬を打つなんて誰も彼もができる行動じゃないっすよ。最強すぎないっすか? マジで先輩には感謝してもしきれないっす。一生命の恩人っすね」

「聞きました」

「やっぱ先輩はそういう人っすよね。相変わらずで最高っす」

 にこにこと顔がうるさい後輩は、早くも深夜の気分に入ってしまっているかのように高揚していた。

 入院前よりも後輩の明度が高くなっているように思える。物静かで大人しめの彼からすると、より一層激しさを増した後輩のお喋り具合には辟易してしまうものがあった。後輩の求める先輩を適当に演じてはいるものの、有頂天のようなテンションに当てられ続けていると流石に気が滅入る。これならカナデと話している方がまだ良かった。後輩と違って胡散臭い男ではあるが、後輩のように喧しい男ではない。

 雑談も程々にして、そろそろ真面目に仕事をしなければと彼は売場に出ようとした。しかしながら、声の大きい後輩のトークは終わらない。止まらない。今に始まったわけではないが、本当によく喋る人間である。

 一旦黙らせようと喉に刃物を突き刺してみたが、現実で殺れたことではないため完全に溜飲が下がることはなかった。
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