売られた少女はクールな闇医者に愛される
ただ時間だけが過ぎていく。
男は言葉通り、襲ってくることはない。
ただ黙々とスケッチを書いているだけで、話しかけてはこない。

時折、苦しくなりかければ、目が合うが、症状が軽いと何も言わない。

彼と2人の時間が怖くないと言えば嘘になるが、売られてからこんなに落ち着いた時間を過ごしたのははじめてだ。いつも痛かったり、しんどいことをさせられた。

雪菜は突然意識を失うのではなく、初めて睡眠という形で目を閉じた。




トントンと肩を叩かれて目が覚める。

「あっはい。すみません。寝てしまってました。」

焦って話す雪菜に冬弥は

「別に寝てて良かったんだ。ただ、晩御飯少し食わないか?無理なら残しても構わないから。」

冬弥は今日の夕食に卵がゆを1つ作ってもらうよう頼んでいた。

出汁のいい匂いが香る。
雪菜は久しぶりに食べたいと思った。

「いただいてもいいんですか?」

「あー。熱いので気をつけろ。」

お粥を1口食べる。
優しい味がする。
人が自分のために作ってくれたご飯なんていつぶりだろうか。昔、母が生きていた頃にこんな風に作ってくれたなと思う。

緊張が少し緩み、温かいお粥にぽろりと涙がこぼれる。

「おいしいです·····」

下を向き、涙を手で拭きながら、食べる。

「ゆっくりでいい。無理せず食べろ。」

男は何も声をかけてこない。
ただ、雰囲気で気にかけてくれていることは伝わる。
今話されても、何をどう伝えればいいのか分からない。
男の無口さが雪菜にとってはありがたかった。




雪菜はお粥を完食する。


「ありがとうございました。美味しかったです。」

雪菜は赤くなった目で冬弥に伝える。

「食べれてよかった。」

冬弥は初めて雪菜の真っ直ぐした目を見た。いつも下を向き、怯えている彼女の目が本当はこんなに大きかったのかと思う。目が泣いた後でまだ赤いが、純粋な、邪悪さの全くない瞳だと思った。
< 22 / 132 >

この作品をシェア

pagetop