【完】 瞬く星に願いをかけて
第10話 「正体」
ああ、どうしよう。
本屋を飛び出してきてしまった。
カバンをロッカーに忘れてきちゃったし……でも、戻ったら店長に怒られそうだし。
それに、先輩と顔を合わせるのも気まずい。
まだ私の身体の火照りは元に戻りそうにない。
外の風に当たっても冷めない程に。
完全にオーバーヒートしてしまっている。
あの余韻だけで、頭の中は先輩で支配されて……ああっダメっ!
そんなこんなで、シャッターが並ぶ商店街の端まで来てしまった。
こっちの方は来るのは初めてかも。
駅前の方とは違って、凄く暗くて不気味だ。
戻るに戻れないし……はぁ。
ツイていないのか、私がバカなのか――
「あかりちゃん……だよね?」
突然、背後から肩を掴まれて、声をかけられる。
「……っ⁉」
振り向くと、美少女Tシャツにジーパンを着た……
「バイトはどうしたの? 今、両替が終わって、本屋に向かってたところだったんだけど……あっ! もしかして、おじさんに会いに来てくれたのかな?」
こ、この人、何を言っているの?
「嬉しいな~。おじさんね、ずっと伝えたかったんだ。君の大大だ~いファンだってこと」
その言葉に、全身にぶわっと鳥肌が立つ。
凄くキモイ。な、なんなの……
「だ、誰か、たす――」
「ダメだよ~。まず僕の話聞いて?」
おじさんの手が私の口を塞ぐ。
脱出しようと手足をバタつかせて抵抗してみるが、逃れられそうにない。
な、なんて腕力なの。
全然、抜け出せそうな気配が見えない。
助けを求めようにも、こんな時に限って人通りが無い……
私はそのまま人気のない薄暗い路地へと連れ去られる。
「最近、小説アップしてないよね? どうして? バイトが忙しいから? 大学の課題の締め切りが迫っているから? でも、この前、『課題終わった』って、友達と楽しそうに話していたから違うよね」
「ん、んっ⁉」
な、なんでそんなことまで……
ずっとストーキングして私生活を知られていたと思うと、ひどい吐き気を感じる。
「まさか、彼氏ができちゃったとか? いや、ないね。あかりちゃんには、おじさんがいるもんね。一番のファンであり、理解者だし。全部に『いいね』もしているし、コメントも……」
「ん、んんっ!」
わ、私……どうなっちゃうの?
恐怖で身体が動かない。
た、助けて……
「おじさん、『ネタが尽きて、書けなくなったのかな?』って思ってね。謎を提供してあげていたんだよ? あかりちゃんが『夏目漱石みたいな小説家になって欲しい』って願っていたんだけど。おじさんの愛をたくさん詰めたからね~」
この人、何を言っているの?
理解が追いつかない。夏目漱石……なんのこと?
その後もおじさんの話が止まることはなく、ずっと私に一方的に話し続ける。
すると、突然表情が曇って、
「でも、あんな男といるなんて……」
おじさんの抱き締める力がさらに強くなる。
身体が圧迫されて、かなり痛い。
息が……できな……く、苦しい……
その時、ふと先輩の姿が頭に浮かぶ。
アドバイスって、なんだったんだろうな。
あの時、本屋を飛び出さなければ。
先輩に送ってもらっていたら。
小説なんて書かなければ。
ネットにアップしなければ。
そもそも、本なんて好きにならなければ。
こんなことには……何を考えているんだろ私……
後悔なのか、恐怖なのか……心の奥底からよく分からない感情が込み上げてきて、思わず涙が零れる。
「嬉し涙? やっぱり、御縁なのかな。5円玉の10倍の効力である理論は事実だったんだ……50円玉のパワーで実ったんだ! 旧札、夏目漱石様は僕の思いを神に届けてくれたんだっ!」
おじさんは高らかな笑い声をあげた。
私には藻掻く力も残っていない。
薄らぐ意識に、徐々に暗くなっていく視界。
もう、ダメなんだ……奇跡でもなんでもいい。
そんなことにすがるしかできなかった。
心の中で必死に祈る。
神様、願いを叶えてください。
どうか……私を助けに来てくれる王子様を――