【完】 瞬く星に願いをかけて
第11話 「危機」
「おい! 放せよ!」
はっきりと聞こえた……
でも、いつものような冷たさの中に感じる優しさは無く、その声は荒らいでいた。
夢? それとも幻なのだろうか。
絶望の中に見た希望。
茶色のエプロンが風でなびく。
「お、お前は、喫茶店で一緒にいた……」
おじさんが彼の姿に動揺したのか、少しだけ力が弱くなる。
一瞬だったが、圧迫から解放されて呼吸ができた。
そして、私は最後の気力を振り絞る。
「離して!」
すかさず、力強くおじさんの腕に嚙みつく。
今の私に出来る最大限の抵抗。必ず突破口を……
「ぐっ!」
一瞬の隙をついた攻撃に、おじさんの束縛から逃れられる。
私は、喉が張り裂けそうになるほどの声で、
「助けて…………美琴くんっ!」
涙ながらに叫んだ。
這いつくばりながら、エプロンが破れそうになるほど必死に。
「ぼ、僕からあかりちゃんを奪うんじゃない」
おじさんが虚ろな表情を浮かべながらぼやき、じゃらじゃらと地面に落ちたたくさんの50円玉を見つめる。
「これは、僕の心なんだ。ハートの矢で射抜かれたこの形……思いを成就させるためのお守り……それを、最高の小説家、夏目漱石が描かれていた1000円札に代えて……それで、あかりちゃんへの祈りを届けようとした。なのに……なぜ、邪魔をするんだ!」
すると、ポケットから小さなナイフを取り出し、先輩に鋭い刃が向けられる。
「返せっ! 僕の宝物に手を出すんじゃねええぇぇっ!」
号泣しながらナイフを持った右手を振りかざす。
「いや……やめ……」
せ、先輩が殺されちゃう……
「燈……もう大丈夫だから」
「えっ……」
それは刹那の出来事だった。
先輩が私に声をかけた後、華麗な回し蹴りを繰り出す。
もちろん、先輩の脚におじさんの腕がリーチで勝てるはずもなく、こめかみがめり込みそうなほどにクリーンヒットする。
鈍い音を置き去るように、おじさんの頭が強烈に硬い地面へと叩きつけられた。
「…………」
お、終わったの?
何が起きたのか、理解が追いつかない。
しかし、恐怖から解放されたのは分かった。
おじさんはピクピクとしているが、起き上がりそうな様子はない。
「……立てるか?」
先輩が私に手を伸ばす。
「こ、怖かったよぉ~」
先輩の手を握る。
凄くあったかい……安堵のぬくもりなのかな。
でも、まだ私の手の震えが止まらない。
「あ、ありがとうございます……」
その後、先輩が警察に通報してくれた。
こうして、『50円玉20枚おじさん事件』は幕を閉じた。