彼がくれたのは、優しさと恋心――司書志望の地味系派遣女子、クールな弁護士にこっそり愛されてました
「そうか。家を出なくちゃならないのか」

 心配して涙の理由を尋ねた雨宮先生に、私は嘘をついた。
 もちろん家を出なくちゃならないことは悲しいし、大きな問題だけど。

「父が遺してくれた大切な家だから、住み続けたいんですけど。でも、色々お金がかかるみたいで――私一人だけでは、とても」

 雨宮先生は、黙って頷いた。そして訪れる沈黙。気まずい。何か言わなくちゃ――。

「先生、よくここに来るんですか?」
「ん? ああ。気分転換したい時とか、目を覚ましたいときに。今日、徹夜明けなんだ。野崎さんは? よく来るの?」
「いえ、たまにです。いつもはデスクランチなので。私も、気分転換したいときに来ます――あの、そろそろ行きますね。ハンカチ、ありがとうございました。洗って返します。失礼します」
「いいよ、別に」

 私が立ってお辞儀をすると、先生も立ち上がり、私の手からハンカチを取った。

「いえ、汚しちゃいましたから」

 取り戻そうとするが、先生はもうポケットに入れてしまった。

「いいって」
「いえ、そんなわけには」

 そう私が言った時だった。
 ギュウッと、音がした。

「あ」

 先生がちょっと気まずそうに笑う。

「……朝から何も食べてなかった。やばいな、これから会議なのに」
< 10 / 62 >

この作品をシェア

pagetop