彼がくれたのは、優しさと恋心――司書志望の地味系派遣女子、クールな弁護士にこっそり愛されてました
「……」

 香奈ちゃんは一瞬きょとんとして私と柊さんを交互に見たが、またすぐ意地悪な表情に戻る。

「えー、やだ。まだおにぎりなんて差し入れてたんですか?」

 どうしよう。お付き合いしていることがばれないようにと、この四ヵ月、始業前に誰も周囲にいないのを見計らって、こっそり執務室に届けていたのに。
 私は柊さんの言動にはらはらした。

「ええと、その、おにぎりは」
「そうだよ。俺が頼んでるんだ。旨いから。何か問題ある?」

 何とかこの場を取り繕うとした私の声に、柊さんの声が重なる。その声ははっきりと大きくて、香奈ちゃんだけでなく、周囲の人たちの視線も私たち三人に集まる。

「……問題は――ない、ですけど……」

 香奈ちゃんは気おされ気味だ。

「じゃ、デスクに戻って仕事して。前澤さんは今、昼休みじゃないだろ。午後いちの会議のファイル、すぐに準備してくれないと困る。あと、気になってるみたいだから言っておくけど。野崎さんは、俺と付き合ってるから」

 周囲に残っていた人たちが、しーんとなった。
 そして続くざわめき。

 私は顔だけじゃなく、耳まで真っ赤になるのを感じた。

 柊さんは一瞬だけ私に笑顔を向けると、真顔になって香奈ちゃんを見た。

「さ、戻ろう」

 そして、行ってしまった。
 後ろ姿で手を振って。
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