あなたの子ですが、内緒で育てます
 ザカリア様は路地に入り、普通の人が使うような宿を選んだ。

「粗末な宿だが、我慢しろよ」
「いいえ。私のほうこそ、ザカリア様にご迷惑をおかけてして、申し訳なく思っております」
「申し訳ないなら、死ぬのはやめにするんだな」
「死……」

 ザカリア様は、私が絶望し、自害すると思っていたらしい。

「俺の母は自害した」

 驚いて、ザカリア様を見た。
 病死と発表されていたからだ。

「国王陛下の寵愛を失った母は、狭い王宮の部屋で暮らした」
「もしかして、私がいた部屋は……」
「俺と母が暮らしていた部屋だ」

 出会った時のザカリア様の顔が、不機嫌なはずだ。
 母親が自害した部屋に、再び足を踏み入れたいと思うだろうか。
 王宮にも訪れたくなかったに違いない。
 デルフィーナは意味もなく、私をあの部屋に、閉じ込めたわけではなかったのだ。
 ルドヴィク様も知らないはずがない。
 
 ――ルドヴィク様は、私に消えてほしかった?

「顔色が悪いぞ」
「は、はい」
「平気か?」

 大丈夫です、と答えるはずが、視界が揺らぎ、その場に膝をついた。

「セレーネ!?」

 ――また幻が目の前に現れる。
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