私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
知久は唯冬に合図すると、唯冬は車のキーを知久に投げた。
それをキャッチすると私のエプロンの紐をほどき、紐にキスをする。
上目づかいで、私を誘う。
その誘惑する知久を目にした穂風が、私のエプロンを知久から奪い、たたんだ。

「知久君は悪い男だね」

悪ふざけが過ぎるというように穂風は苦笑しながら、店を出て行った。
本当にそう。
知久と一緒にいてもいいのかどうか迷っていた。
でも、弟の恋の邪魔者にはなりたくない。

「小百里さん。唯冬にここは任せた方がいいよ。雪元千愛さんのためにも」

「わかったわ。でも、唯冬。くれぐれもひどいことはしないのよ?」

「小百里は俺を誤解している。知久より俺の方が紳士的だ」

いつもの小百里呼びに戻った唯冬にため息をついた。
なにが紳士的よ。
逃がすつもりなんて、ないくせに。
自分の演奏を聴かせて、魅了して、彼女を捕まえる―――本当に困った弟。
姉としては申し訳なさでいっぱいよ。
自分で紳士という辺りが信用ならないわ。

「知久と比べてもらっても困るわ。お願いだから、常識の範囲内で比べ合って」

「えー? なに?」

顔を近づけた知久の顔を手でガードした。
今、なにをしようとしたの?
知久をじろりと睨みつけた。

「じゃあ、行こうか」

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