私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】

24 不吉の赤 (2)

清加さんは申し訳なさそうに謝った。

「あら、そうね。ごめんなさい。私ったら、気が利かないわね」

「行こうか」

笙司さんが手を差し出し、その手をとるのを毬衣さんが面白くなさそうに見ているのがわかった。
自分の婚約者である知久がいないところで、私がわざと毬衣さんに見せつけているとでも思ったのだろうか。

「ごめんなさいね。また今度ね」

女の子は笙司さんの顔を見て、冷たい目を向けられていることに気づいたらしく、少し怯えて一歩下がった。
それに気づいて、去りやすいように女の子の背中をそっと手で押した。
両親がいる方へと。

「あ、あの、ピアノすごく素敵でした。私もお姉さんみたいに弾きたいです」

ぺこりと女の子は頭を下げて、走っていった。
ファン一号だねと、知久がいたら笑って言ってくれたかもしれない。
けれど、ここに知久はいない。

「子供のおもり程度にはなるのか。ピアノも役に立つんだな」

笙司さんが言ったのはそんな言葉だった。

「それにしても知久君にも困ったものだ。婚約者の毬衣さんを無視して、ドイツで自由気ままにやってるんだろうな」

大人達が陰で話していたのはそんな話だったようで、それが毬衣さんの耳にも入ったらしい。
だから、あんな苛立っていた。
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